【日本史】文明開化

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【日本史】文明開化についてまとめています。

文明開化

明治前期には、文明開化といわれる新しい風潮の浸透もあり、都市を中心に国民の生活様式は変化を示すようになった。明治初期、開港地や東京などの大都市では牛鍋などの肉食が流行した。交通には、人力車や乗り合い馬車が用いられた。明治期以降、長屋は、資本主義の発展とともに都市に流入してくる多くの人々の住居となった。

文明開化期、銀座に日本初のガス灯が設置された。明治初期、文明開化の風潮の中で、ちょんまげに代わるザンギリ頭や洋服の着用が流行した。西洋諸国にならい旧暦(太陰太陽暦)にかわって太陽暦が採用され、また1日24時間制、週7日制も決められた。農家では、依然として家族労働力に支えられる状況がつづいていた。

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学制

学制の公布に対しては、各地で学制反対の農民一揆がおこった。学制発布当時の小学校は、授業料を払う必要があった。小学校の就学率は、男子の方が女子より高かった。学制の対象は、士族の子弟のみではなかった。

報道

最初の日刊新聞である『横浜毎日新聞』の創刊後、『東京日日新聞』『日新真事誌』などの新聞が相次いで発刊された。それらは、政論や世相を報道し、また、読者からの投書も掲載し明治7年(1874年)には、加藤弘之らの『明六雑誌』が発刊されて、新しい近代思想の普及に貢献した。『明六雑誌』の発刊には、津田真道や福沢諭吉らもたずさわり、論説や演説会の講演内容などを載せ、3000部以上も発行された。

福沢諭吉は慶應義塾を創設して教育に従事したり、『文明論之概略』を著したりするなど、多彩な活動を行った。天皇家の祖先神を祀った伊勢神宮は、神社制度の頂点とされた。明治初年に、長崎の浦上キリスト教信徒の流罪事件が起こった。

まとめ

欧米の文化が進んだ技術時取り入れられた。

  • 文明開化…欧米の文化が取り入れ生活が変化。
  • 食事の変化…洋服・牛肉料理・洋館の建築など。
  • 新しい暦…太陰暦から太陽暦を採用。
  • 新しい思想…福澤諭吉が「学問のすすめ」を著す。
  • 岩倉使節団…岩倉具視を全権大使として、木戸孝允・大久保利通らが欧米を視察。不平等条約の改正には失敗。
  • 殖産興業…近代的な産業を育成する政策。
  • 官営模範工場…群馬県の富岡製糸場などを設立。
  • 交通の整備…1872年新橋-横浜間に鉄道が開通。
  • 北海道の開拓…開拓使が設置。屯田兵らが改革を進める。帰国した岩倉使節団の人々は日本の近代化を進めた。

その他の時代の文化

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