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【高校世界史】ブワイフ朝の要点ポイント

【高校世界史】ブワイフ朝の要点ポイントです。

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ブワイフ朝

ブワイフ朝の位置地図
クライシュ族の商人ムハンマドは、厳格な一神教である イスラム教をとなえた。ムハンマドの死後、アラブ人は大規模な征服活動を開始し、東方ではササン朝を滅ぼしたが、第4代カリフのアリーが暗殺されると、ムアーウィヤはウマイヤ朝を開いた。8世紀、ウマイヤ朝は西ゴート王国を滅ぼし、フランク王国に侵入したが、トゥール-ポワティエ間の戦いに敗れた。750年、アッバース朝が建国され、ハールーン=アッラシードのときに最盛期を迎えた。

946年、ブワイフ朝がバグダード入城。ブワイフ朝を倒したセルジューク朝は アッバース朝カリフからスルタンの称号を授けられた。エジプトにアイユーブ朝を樹立したサラディンはファーティマ朝を倒してスンナ派の信仰を回復。その後マムルーク朝が建てられた。1492年にスペイン王国がナスル朝を滅ぼすとイスラム教徒の多くは北アフリカに引き上げた。

ムハンマド

イスラム教の創始者ムハンマドの「最後で最高の預言者」という位置付けが、イスラム世界の近代化(現代化)を遅らせる原因ともなっている。すなわち、最後の預言者なので時代の変化に合わせて新しい教義に出来の停滞を余儀なくされてしまうのである。残されているのはコーラン(クルアーン)の解釈だけである。ユダヤ教とイスラーム教には僧侶は存在しない。

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