【高校世界史】中世日本のまとめ

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【高校世界史】中世日本のまとめです。

中世日本

中大兄皇子や中臣鎌足は、 唐の中央集権体制に学んだ国内の改革に乗り出した。この大化の改新後、唐の律令を手本とし、わが国の律令体制も 整備されていった。

  • 改新政治…公地公民など4つの方針が示された。646年に改新の詔を出して、天皇を中心とする中央集権国家をつくりあげる方針が示されたとされるが、実現されるまで50年余りかかった。
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平安

710年には、平城京に都を 移して律令政治を推し進めたが、権力の地位をめぐって政 争が続いた。桓武天皇は794年に平安京を造営し、そこに都を遷した。9世紀になると、藤原氏が 摂政・関白として政治の実権 を握るようになった。11世紀末には院政が始まった。その頃から台頭した平氏は、12世紀後半、平清盛のときに最盛期となる。

  • 平安時代…桓武天皇は、都を平安京(現在の京都)に移し、政治を立て直す。これ以後の約400年を平安時代といいます。坂上田村麻呂は、東北地方の蝦夷をおさえるために征夷大将軍に任命されます。

鎌倉

しかし、一連の戦いの後、 平氏は滅亡し、源頼朝が鎌倉幕府を開いた。 14世紀前半、後醍醐天皇は討幕運動を起こし、鎌倉幕府を滅ぼした後、建武の新政を行った。その後、公家を中心としたその政治に不満の足利尊氏は室町幕府を開いた。
確認【日本史】建武の親政と南北朝の動乱

1467年に始まった応仁の乱の後、下剋上の風潮が生まれ、戦国時代に突入。16世紀後半には、織田信長が統一事業を進め、信長が本能寺の変で討たれた後、豊臣秀吉が全国を統一した。

中世日本の年号

  • 645年…乙巳の変(中大兄皇子・中臣鎌足ら、蘇我入鹿を殺す)
  • 663年…白村江の戦い(日本軍、唐・ 新羅軍に大敗)
  • 672年…壬申の乱(翌年、天武天皇即位)
  • 701年…大宝律令の制定
  • 710年…平城京に都を遷す
  • 784年…長岡京遷都
  • 794年…桓武天皇、平安京に遷都
  • 894年…遣唐使の廃止(以後国風文化が発達)
  • 935年…平将門の乱始まる
  • 1016年…藤原道長、摂政となる
  • 1053年…藤原頼通、平等院鳳凰堂を建立
  • 1185年…壇ノ浦の戦い平氏滅亡
  • 1192年…源頼朝、鎌倉幕府を開く
  • 1221年…承久の乱後鳥羽上皇、隠岐に流される
  • 1334年…建武の新政(後醍醐天皇による親政)
  • 1336年…足利尊氏、室町幕府を開く
  • 1467年…応仁の乱始まる(下剋上の風潮が広まる)
  • 1560年…桶狭間の戦い(織田信長、 今川義元を倒す)
  • 1573年…室町幕府滅亡
  • 1582年…本能寺の変(織田信長、明智光秀に討たれる)
  • 1590年…豊臣秀吉が全国を統一

中世

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