【日本史】江戸時代の産業

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【日本史】江戸時代の産業についてまとめています。

江戸時代の産業

たばこは江戸時代には商品作物として作られるようになった。麻織物の特産品として奈良廻や越俊胞 ・江戸時代には、青色の染料に用いるが、阿波の国で作付けされれた。近世には陶磁器の瀬戸・鰹節の土佐、酒の灘、醤油の野田など、特産地が各地に形成された。

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農業

近世中期以降、農民たちは、茶・漆・桜・紅花・藍などの四水ニ草とよばれる商品作物の生産に力を入れるようになった。近世の農業では箱根用水が造られ、多くの耕地に灌漑用水を供給した。

  • 千石塞が普及。近世の農業では穀粒の大きさを選別する農具。
  • 米の脱穀に使用する農具として、千歯扱が普及した。
  • 風力を利用して約がらや塵芥を除去する農具として、唐箕が普及。

江戸時代には農書によって、新しい農業技術が広まった。 農学者である宮崎安貞は、日本初の体系的な農学書である『農業全書』を記した。 農学者である大蔵永常は、『農具便利論』や商品作物の栽培・加工による農家の利益と国益を論じた『広益国産考』を著した。大原幽学は民間にありながら農村復興を指導した。 二宮尊徳(金次郎)は、勤労・倹約を主とする報徳仕法によって農村復興に努めた。

近世の漁業

地引網などの網を用いた漁法が、各地に広まった。近世、畿内にもたらされた鯖の粕は、九十九里浜からの干解とともに、綿・菜種などの商品作物生産を発展させた。

近世に入ると、瀬戸内海地方を中心に、潮の干満を利用して海水を導入する入浜式塩田が発達した。

綿織物

高機で高級絹織物を生産する技術は、もともと西陣が独占していたが、江戸後期には足利や洞生にも伝わっていた。 高機は、綿織物業では大坂周辺や尾張に導入された。高級絹織物の原料となる生糸は、当初は輸入糸に依存したが、次第に国産糸に代わっていった。 原料・器具とも自前のものを使用する農村家内工業では、様々な手工業生産が農業の片手間に副業として行われていた。問屋から提供された原料・資金で生産する問屋制家内工業により、絹織物が盛んに織られた。江戸時代に発達した綿織物業の特産物として久留米絣や小倉織がある。

近世を通じて、都市の建設が建築資材の需要を高め、木曽の檜、秋田の杉など各地の林業を発展させた。江戸時代には都市の有力商人たちの資本によって、町人請負新田が開かれた。

まとめ

  • 農業…新田の開発が行われ、用水路の整備、海、沼地の干拓など。18世紀初めには、豊臣秀吉の頃の約2倍の耕地面積に増加。
  • 鉱業…鉱山の採掘、精錬技術から進み、佐渡銀山(新潟市)、生野銀山(兵庫県)、石見銀山(島根県)、別子銅山(愛媛県)、足尾銅山(栃木県)など鉱山の開発が進み、金・銀・銅の貨幣が大量に作られました。
  • 水産業…麻糸で作った強い網の開発が行われ、九十九里浜(千葉県)で、イワシ漁で干鰯と呼ばれる肥料に加工され、綿作地域に。紀伊(和歌山県)、土佐(高知県)では、捕鯨やかつお漁がさかんになり、蝦夷地(北海道)では、ニシン漁や昆布漁がさかんに。

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