【日本史】江戸時代の商業と金融

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【日本史】江戸時代の商業と金融についてまとめています。

江戸時代の商業

江戸時代には都市で、常設の店舗を持たない棒手振が活動していた。江戸時代の蔵物とよばれる諸藩の荷物は、蔵屋敷に運ばれた。元禄期には、諸藩は大坂などに蔵屋敷をおき、蔵物の保管と売却には蔵元が、売却代金の保管と送金には問屋が当たった。

  • 札差…旗本・御家人から委託を受けて、俸禄米の換金を行った。
  • 五カ所商人…京都・堺・長崎・大坂・江戸の商人を指す。

元禄期には、大坂・江戸間の物資運送を円滑にするために大坂に二十四組問屋がつくられ、それに対応して江戸に十組問屋がつくられた。商品別の卸売市場がつくられ、大坂堂島の米市、江戸、神田、大坂天満の青物市場、江戸日本橋の魚市場が活況を呈した。金座・銀座・銭座は、それぞれ金貨・銀貨・銭貨の鋳造を行っていた。

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金融

江戸時代の初めには、幕府は銀座を開設し、丁銀や豆板銀を鋳造させた。江戸では計数貨幣の金貨、大坂では軽量貨幣の銀貨を基準として、商業取引が行われた。商品経済の発達とともに三貨の交換が増えたため、両替商が発達した。 元禄期、両替商の中には三貨間の両替を行うと同時に、預金・貸付け・為替の業務を行うものもあった。江戸時代の都市では、江戸や大坂の有力な両替商が、大名貸や為替業務を行った。17世紀以降の武士の困窮に対し藩は、財政窮乏を打開するために、藩内だけに通用する藩礼も発行した。

農村

農村では、商品生産の発達につれて症熱商人の活動が活発になった。 農村の飢饉が米価を高騰させるなど、都市の民衆にも影響を与えた。都市建設の進展にともなう木材需要に刺激されて、林業が発達した。

まとめ

  • 江戸…「将軍おひざもと」として、将軍の城下町に。18世紀初めには人口約100万人の大都市に成長。日本橋には魚市、神田には青物市。
  • 大阪…「天下の台所」として、全国の商業や金融の中心地に。諸藩が蔵屋敷を置き、米や特産物を販売。
  • 京都…西陣織などの絹織物に清水焼きなど優れた工芸品を生産。
  • 株仲間…問屋・仲買の同業者組織。幕府の許可を得て営業を独占。
  • 両替商…金銀の交換や金貸しなどで経済力をつける。三井(江戸)、鴻池(大阪)など。
    商品の流通が活発になり、商品も増加。

あわせて確認

以上が、【日本史】江戸時代の商業と金融となります。

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