【高校政治経済】現在の日本経済

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【高校政治経済】現在の日本経済についえまとめています。

安定成長期からプラザ合意

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高度経済成長の終了

1973年、第1次石油危機が起き、狂乱物価と呼ばれる激しいインフレと景気の停滞(スタグフレーション)が発生した。インプレ収束をはかった政府の総需要抑制策によって実質経済成長率が戦後初のマイナスとなる。高度経済成長が終わり、実質成長率約4%の安定成長期に入った。

産業構造の転換

1979年の第2次石油危機以降、省エネ・コスト削減を徹底し、企業の経営合理化が進んだ。また、それまでの重化学工業中心の重厚長大産業から、自動車・エレクトロニクスなどの軽薄短小産業への転換が進んだ。

プラザ合意

輸出を伸ばした日本とアメリカの間に貿易摩擦が起こった。1985年、G5はアメリカの貿易赤字を改善するためにドル高是正の協調介入などを実施した。以後、円高・ドル安が急速に進んだ。

円高不況

プラザ合意以降、外需に大きく依存していた日本経済は円高に苦しみ、工場の海外移転などによって国内産業が衰退する産業の空洞化が進んだ。

バブル経済とその崩壊

バブル経済

政府は外需依存から内需主導の成長を目指し、公定歩合の引きらバブル景気下げなど大幅な金融緩和を行った。結果、低金利で資金が調達され、それらが株式・不動産市場にも投資された。そのため株価・不動産価格が高騰し、それが定資産価格の大きさが消費行動に与える効果
資産効果を伴ってさらに消費や株・不動産投機を刺激し、資産価格が急騰した。

バブル崩壊

1990年、日本銀行は低金利政策を転換, 公定歩合を引き上げた。土地関連融資の総量規制も行われ、地価・株価は急落した。

  • 不良債権…土地を担保に融資していた銀行は回収困難な債権を抱え込んだ。
  • 失業率の上昇…企業のリストラにより、失業率が上昇した。
  • 失われた10年…1990年代末、デフレ傾向が表面化。ゼロ成長やマイナス成長を記録。景気の回復には10年以上かかった。

構造改革と世界同時不況

構造改革

小泉内閣による規制緩和や郵政民営化、特殊法人の廃止を含む一連の新自由主義的改革。「改革なくして成長なし」をスローガンとし、「小さな政府」への回帰をめざした。戦後最長の経済成長が始まったが、所得格差は広がり、「実感なき景気拡大」と呼ばれた。また、高かった貯蓄率は大きく落ち込んだ。

世界同時不況

2008年にアメリカのサブプライム・ローン問題に端を発する世界金融危機が起こった。

  • 信用収縮…金融市場では多くの金融商品が出回っていたが、サブプライム問題が表面化すると大規模な信用収縮が起きた。実体経済の2倍の規模といわれ るほど膨れ上がっていた金融市場は大きく収縮した。
  • 世界同時デフレの危機…日本はIMFに10兆円を拠出するなど、欧米をはじめとした世界的な金融危機の対策にあたっている。

企業の経営合理化

省エネ・コスト削減を徹底して減量経営に取り組んだ。生産工程の自動化(FA化)、事務作業の自動化(OA化)を推進した(ME革命)。その結果、合理化・国際競争力強化が進んだ。

サブプライム・ローン

低所得者向けのアメリカ住宅ローン債権を組み合わせたサブプライム債は、世界中に販売されていたが、2007年頃から不動産価格が暴落し、世界の信用不安問題に発展した。

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