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【高校日本史】元寇(蒙古襲来)の要点ポイント

【高校日本史】元寇(蒙古襲来)の要点ポイントです。中国の北方で遊牧生活を送っていたモンゴル民族の中からチンギス=ハンが表れ、民族を統一して、1206年に、モンゴル帝国を建設した。モンゴル帝国はやがて、中国から西アジア・南ロシアにわらる世界史上最大の帝国へと発展した。

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蒙古襲来

中国大陸の支配に強い意欲をもつフビライは、南宋への侵略を進めるとともに、朝鮮半島の高麗を従え、日本にもたびたび使者を送り、元へ朝貢する(使者を送り、貢ぎ物を差し出す)ことを要求してきた。北条泰時はその要求を退け、蒙古襲来の際には、幕府は御家人のみならず非御家人をも防備に動員した。それをきっかけとして、幕府は非御家人を動員する権限を獲得した。北条時宗が執権の時代には異国警固番役がはじまった。

蒙古が襲来した文永の役において、日本は元軍の集団戦法や「てつはう」などの火器に苦しめられた。しかしながら、博多湾を襲った元軍の撃退に成功した。外国との戦争の経験から、日本を神が加護する特別な国とみなす思想が強まった。

  • 建長寺船…鎌倉時代末期に鎌倉幕府が元に派遣した貿易船である。元寇以後も、日中間の私貿易はさかんに行われていた。

永仁の徳政令

永仁の徳政令が出されたのは、幕府が得宗専制政治を行っていた13世紀で、それにより売却された御家人領を無償で買い戻させた。 徳政令が出された時期には荘園領主の支配に反抗する悪党が活動し、幕府はその鎮圧に苦慮するようになった。借上が窮乏化した御家人に対して、所領を担保に金を貸した。

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