【日本史】GHQ占領下の政策

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【日本史】GHQ占領下の政策についてまとめています。

GHQ占領下の政策

占領政策の進展・敗戦後、東久邇宮内閣は、スローガンに「一億総ざんげ」を掲げた。占領政策の最高決定機関は、対日理事会であった。日本の占領には、連合国軍による間接統治方式がとられた。連合国がA級の戦犯容疑者を東京裁判で処罰した。GHQは、政財界や言論界などの指導者を対象として公職追放を指令した。

第二次世界大戦後、日本の主権は、北海道・本州・四国・九州と連合国の定める諸小島に限定された。日本国憲法はGHQ案をもとに日本政府によって起草され、帝国議会の審議を経て制定された。1946年(昭和21年)には日本国憲法が公布され、主権者は国民と規定された。天皇制は、米軍の施政下に置かれていた日本においても、否定はされなかった。 戦後改革では国家と神道の分離が行われ、政府による神社神道への援助・監督が禁止された。国家神道の禁止がGHQから指令されるとともに、人間宣言によって天皇の神格が否定された。また、軍国主義者とされた人々が公職から追放された。警察法が制定され、自治体警察が置かれた。枢密院・貴族院は廃止された。GHQによって社会主義者などの政治犯は釈放され、特別高等警察も廃止された。

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五大改革指令

  • 圧政的諸制度の廃止
  • 教育制度の自由主義的改革
  • 労働組合の結成奨励
  • 婦人の解放
  • 経済機構の民主化

である。

教育改革

圧制的諸制度の廃止の具体例としては、治安維持法が廃止されたことが挙げられる。自由主義的改革がおこなわれ、教育基本法が定められた。教育理念が明記され、新しい科目である社会科が設けられた。戦後の改革では、学校教育法が制定された。第二次世界大戦後、教育の民主化を進めるため、都道府県・市町村に公選の教育委員会が設置された。米軍による占領下では、各地方自治体ごとに教育委員会が設置され、また6・3制により義務教育が9年に延長された。国民学校が小学校へと改められた。

財閥解体

マッカーサーが発した「五大改革の指令」をもとに、経済機構の民主化がおこなわれた。総体により、財閥の中枢である持株会社は解体された。独占禁止法が止法が制定され、財閥等によるカルテル・トラストが禁止された。

  • 独占禁止法…独占による弊害をなくし、自由競争を促すための法律。公正取引委員会が運用にあたる。
  • カルテル(企業連合)…同じ業種の独立した企業どうしが、価格や生産量・販売地域などで協定を結ぶこと。
  • トラスト(企業合同)…同じ業種の企業が、その独立性をすてて合併し、新しい巨大企業になること。
  • コンツェルン(企業連携)…多くの業種の企業が資本面で結合すること。

農地改革

GHQによっておこなわれた農地改革によって、不在地主の小作地は強制的に買収され、小作人に安く売り渡された。日本政府は、第二次農地改革においてGHQの指導を受け入れ、北海道以外の在村地主の小作地保有限度を平均1町歩にしたため、寄生地主制は解体された。日本政府によって進められた農地改革が不十分であったため、GHQの勧告をもとに自作農創設特別措置法が成立し、改革はさらに進められた。

労働組合

労働組合結成の奨励がおこなわれた。敗戦後の日本では労働組合法が制定され、労働者の団結権・団体交渉権が保障された。労働関係調整法が制定され、労働委員会が労働争議の斡旋・調停・仲裁をしうることとなった。

婦人の解放

婦人の解放がおこなわれた。1947年、民法の改正により、戸主権が廃止され、婚姻や相続などにおける男女の平等がはかられた。敗戦後の日本では民法・刑法が改正され、戸主権の否定ら不敬罪の廃止が行われた。第二次世界大戦後には戦後初の総選挙でははじめての女性代議士が誕生した。戦後改革では都道府県知事の公選制が導入された。

まとめ

  • 日本国憲法の制定…国民主権・基本的人権の尊重・平和主義を基本原則とする日本国憲法が制定された。
  • 教育基本法…民主主義の教育の基本方針として定めた法律。日本の民主化が進み日本国憲法が制定された。
  • 財閥解体…戦争を経済面から支えていた財閥の解体。
  • 農地改革…多くの小作農が自作農になった。
  • 普通選挙…満20歳以上の男女に選挙権が与えられた。

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