【高校政治経済】国際通貨基金(IMF)についてまとめ

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【高校政治経済】国際通貨基金(IMF)についてまとめです。

IMF(International Monetary Fund)

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ブレトンウッズ体制

1944年、アメリカのブレトンウッズに連合国の首脳が集まり、協定を結んで、国際通貨基金(IMF)と国際復興開発銀行(世界銀行、IBRO)の設立を決めた。 IMFを中心とした戦後の国際金融・通貨体制。為替安定と貿易拡大を通じた生活水準の向上・完全雇用実現を目的とした。

国際通貨基金(IMF)

為替相場の安定のために為替制限の撤廃を促す。国際収支の赤字国には一時的に短期資金を供給する。アメリカドルを基軸通貨とし、為替相場の変動を上下1%以内に抑える固定為替相場制を基本とした。また、外貨不足による短期的な赤字に直面した国への短期融資を行うための国際通貨SDR(特別引出権)が、1969年に創設された。ただし、融資国には緊縮財政や金利引き上げなど、厳しい条件(コンディショナリティ)が課せられた。

国際復興開発銀行(世界銀行、IBRD)

当初は、戦災からの復興・開発を目的とした。現在は発展途上国への長期融資を行い、経済開発を支援。

IMF通貨体制の動揺と崩壊

  • 金・ドル本位制…金1オンス=35ドルとして、アメリカドルを基軸通告(キー・カレンシー)とする固定相場制であった。
  • ドル不安…アメリカは、経済復興を遂げた日本・欧州との間で貿易赤字が続いた。さらに企業の多国籍化による資本収支の赤字、ベトナム戦争への介入、途上国経済援助の増加や国内のインフレが続き,経常収支の赤字が続いた。
  • ニクソン・ショック…1971年, ニクソン大統領は金とドルの兌換を停止した。スミソニアン合意によって1オンス=38ドル、1ドル=308円にドル切り下げ。ブレトン・ウッズ体制は崩壊。1973年に先進国は変動相場制へ移行。
  • キングストン合意…金・ドル交換の停止、変動相場制への全面移行が承認。

サミット(先進国首脳会議)

第1次石油危機後の世界経済の1975年から毎年開催。

  • G7からG20ヘ…当初はアメリカ、日本、西ドイツ、イギリス、フランス、イタリアの6か国が参加。翌年からカナダが加わり、G7となった。 1998年からロシアが加わりG8となり、名称も主要国 首脳会議に。また、今日では、20か国・地域(G20) による首脳会議も開催されている。
  • 双子の赤字…アメリカの財政赤字と経常収支の赤字→ドル高に。

プラザ合意

G5の各国(日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス)がニューヨークのプラザホテルに集まり、ドル高是正のために各国が協調して為替介入を合意。これ以後急速に、円高ドル安が進んだ。

ルーブル合意

1987年、G7の先進7か国(日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、カナダ)の財務相・中央銀行総裁会議によって、いきすぎたドル安にならないように安定を図ることで合意。

GATT(関税および貿易に関する一般協定)

1948年発足、「自由・無差別・多角」の原則に基づく、自由貿易拡大が目的 (IMF・GATT体制)。

ウルグアイ・ラウンド

1986 ~ 94年。農業、知的財産権(知的所有権) の保護サービス貿易のルールづくりが交渉の対象。また、WTOの設立が決定。

WTO(世界貿易機関)

1995年、GATTを引き継ぐ形で設立。

  • リネガティブ・コンセンサス方式…ルール違反国に対する措置の決定方式。 全加盟国が反対しない限り採択されるので、措置が取りやすい。
  • 加盟国の拡大…2001年に中国、2011年にロシアが加盟。
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