【日本史】院政と平氏政治

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【日本史】院政と平氏政治についてまとめています。

院政

平安時代には荘園整理令が発布された。後三条天皇が延久元年 に発布したのは、延久の荘園整理令である。宣旨枡という統一的な枡を定めた。 平安時代中期以降、後三条天皇は大江匡房らを登用し、国政の改革を行った。

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荘園整理令

荘園整理令はその名の通り、荘園を整理して班田の励行を図る。書類に不備がある荘園や、正式な手続を ふまずに設立された荘園を没収して公領とした。

院政期

院政期には、成功や重任が盛んとなり、知行国制も拡大した。荘園の寄進が院に集中するようになり、摂関家をしのぐ勢いを見せた。摂関家におさえられていた中下級貴族や受領らが、院の近臣を形成した。

白河上皇

白河上皇は自分の心に従わないものとして、賀茂川の水、双六の事の目とともに延暦寺の僧兵をあげた。平治の乱で勝利を収めた平清盛は乱後、後白河院政のもとで中央政界での地位を高めた。

平清盛

平清盛は太政大臣に任命され、その一族も高位高官に昇った。大輪田泊の修築を行うなど、日宋貿易を奨励した。13世紀中頃から借上を金融業者として、米銭の輸送または賃借に為替という決済手段が用いられた。

後白河上皇

後白河上皇の時期には、鹿ケ谷事件(鹿ヶ谷の陰謀)が起き、藤原成親が俊寛とともに処罰された。 11世紀には、上級貴族や寺社は知行国主として一国の支配権を 与えられ、国守には国主の子弟が任命された。

院政期の文化

古代日本では、中国の影響を受けて国家の事業として歴史書の編募が行われた。平安後期には、貴族社会において、『大鏡』などの歴史物語も作られた。

絵巻

11~12世紀には絵と詞書からなる絵巻物が描かれ

  • 応天門の変を題材にした「伴大納言絵巻」
  • 庶民の生活・風俗を描いた 「信貴山縁起絵巻」

などが作成された。

文学作品

  • 今昔物語集…今昔物語集からは、平安時代の人々の生活をうかがうことができる。
  • 陸奥話記…前九年の役の経過は、院政期に著された軍記物『陸奥話記』に述べられている。
  • 梁塵秘抄…後白河上皇は、今様を愛好し、『梁塵秘抄』を集めて握した。

寺院

平安時代中期以降、院は大規模な寺院や離宮などをさかんに造営 した。院政時代、上皇は造寺・造仏を行うとともに、たびたび熊野へ参詣した。 12世紀前半、藤原清衡によって建立された中尊寺金色堂は、藤原氏滅亡以後も、現在に至るまでそのきらびやかな姿を伝えている。

  • 中尊寺金色堂…地方に伝わった浄土教の影響を強くうけた建築 物である。
  • 阿弥陀堂…院政期には奥州藤原氏によって、平泉に阿弥陀堂を中心とする寺院が建立された。
  • 厳島神社…平安時代末期には、平清盛ら平家一門が、厳島神社を信仰し、華 麗な装飾をほどこした経巻を奉納した。

『扇面古写経』や『平家納経』は、院政期に書かれた作品である。 業は、もとは寺社の祭礼などで興行された滑稽を主とする雑芸であった。 能の源流の一つである田楽は、古くから農村の庶民の間で親しまれ、各地の祭礼で演じられていた。

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