▶【大好評】大学入試小論文講座の案内はこちら

【高校日本史】寛政の改革の要点ポイント

【高校日本史】寛政の改革の要点ポイントです、

スポンサーリンク

寛政の改革の概要

18世紀末には、幕政において松平定信により寛政の改革が行われ、諸藩でも18世紀後半から幕末にかけて藩政改革が実施された。18世紀には、秋田藩で藩主の佐竹業種が荒廃した農村の復興と特産物生産を奨励し、藩学(藩校)を振興した。肥後熊本藩では細川重量が、米沢藩では上杉治憲(鷹山)が、藩経営に成功して名君とされた。

寛政の改革の主な法令

社会の治安維持のために、江戸石川島には、無宿人らを収容する人足寄場が設置された。寛政の改革で白河藩主松平定信は、老中就任中に旗本、御家人の救援を目的として、借金の破棄、または利下げを命じ棄捐令を出した。江戸で町入用を節約させ、七分積金を行わせた。飢饉に備えるため、米穀の貯蔵を命じた。天明の大飢饉では、貧しい農民が増大していたために、東北地方を中心に多数の餓死者がでた。

徳川家斉から将軍補佐に命じられた松平定信は、1789年、墓領・大名領を問わず、全国の孝行者・忠義者などの調査を行い、全国の民衆教化のために『孝義録』を編集した。

対外関係の緊迫を説いて海防の重要性を主張した林子平は、蟄居(禁固)に処された。渡辺華山が幕府の対外政策を批判して、『慎機論』を著した。山東京伝は、寛政の改革の風俗統制を受けて処罰された。

コメント

テキストのコピーはできません。