【高校倫理】カントの批判哲学のポイント

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【高校倫理】カントの批判哲学についてまとめています。ドイツの哲学者のカント(1724年から1804年没) は、はじめ合理論の哲学やニュートン物理学を研究した。のちにヒュームの懐疑論を知って「独断のまどろみ」から目覚め、また、ルソーの『エミール』を読んで「人間を尊敬することを学んだ」ことから批判哲学を確立していきます。

批判哲学とは

カントは、理性の働きや能力は合理論のように過大に評価すべきでも、経験論のように過小に評価すべきでもないと考え、合理論と経験論の立場を総合した批判哲学を唱えた。批判哲学の「批判」とは、あるものの正しさや根拠を原理にさかのぼって吟味し、その成立条件などを明らかにすることである。カントは、理性の認識能力を吟味し、理性の能力の及ぶ範囲や限界を検討した。『純粋理性批判』 『実践理性批判』『判断力批判』の3つの批判書を著し、自己の批判哲学を完成した。

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感性と悟性

カントによれば、事物の認識は次のような過程で成立する。

  • 感性による受容…まず何ものか(物自体)が感性を触発し、感性はこれを対象(現象)として受け取る(受容する)。
  • 悟性による構成…次に、悟性が、感性により受容された対象を概念によって構成する。

たとえば、私たちが「赤い花」に目を向けたとき、まずその「赤い花」が感性を触発し、対象として受容される。感性に与えられた対象は、まだ一定の形や大きさをもつ「物体」に過ぎず、それを「赤い花」として認識するためには、「赤」という色や「花」という植物の器官についての概念が必要である。この場合、「赤」 や「花」の概念は、「赤い花がある」という認識に先立っている。カントは、このように経験的認識に先立つことをア・プリオリ(先天的・先験的)と呼んだ。

コペルニクス的転回

カント以前は、外界に実在する対象(客観)を私たちの思識(主観)がそのまま受け取って認識するという模写説がとられていた。これに対してカントは、私たちは外界に実在する「物自体」をそのまま認識することはできず、感性が受け取った対象を主観が認識の枠組みに合うように構成。つまり、「認識が対象に従うのではなく、対象が認識に従う」として、従来の考え方を逆転させた。これを天動説から地動説への転換になぞらえて、コペルニクス的転回と呼んだ。

道徳的行為とは

  • 実践理性…対象を認識する能力としての理論理性(純粋理性)に対して、人間の行為や道徳にかかわり、善をなそうとする意志の能力を実践理性という。
  • 道徳法則…理性的な存在としての人間が道徳的行為をなそうとするとき、従わなければならない法則を道徳法則(道徳律)という。カントは、道徳法則は普遍妥当的(いつどこでも、誰にでもあてはまるもの)でなければならないとした。
  • 動機説…カントは、行為の結果よりも動機に重点を置き、行為が善いものであるためには動機が善いものでなければならないと考えた。
  • 定言命法…道徳法則に従う行為は、何か他の目的のための手段や方法であってはならない。道徳法則は普遍妥当的でなければならないので、常に(無条件で) 「~せよ」という命令の形式で表される。 (例)常に(無条件で)困っている人を助けなさい。→普遍妥当的
  • 仮言命法…「目的のための手段としての行為を命じる形式は「もし~を欲するなら~せよ」 という条件付きの形となり、普遍妥当的な法則ではなくなる。(例)世間のあなたへの評価を高めたければ、困っている人を助けなさい。→評価を高めなくてよければ助けなくてよい→普遍妥当的でない

自律としての自由

カントは、意志が感性的な自然の欲望に支配されていることを他律と呼び、欲望に隷属した状態で自由とは言えないとした。これに対し、実践理性の自ら立てた道徳法則に従うことを自律と呼んだ。この意志の自律こそ、人間にとっての真の自由、自律としての自由であるとした。

人格

カントは、自らが立てた道徳法則に自発的に従う、理性的存在者としての人間を人格と呼んだ。人格はそれ自体が絶対的価値を持ち、他の何ものと交換することもできない (人格の尊厳)。また、人格は、それ自体が目的として尊重されなければならない。人格の尊重について、カントは定言命法の形で次のように述べた。「次の人格や他のあらゆる人の人格の内にある人間性を、いつも同時に目的として扱い、決して単に手段としてのみ扱わないように行為せよ。」

善意志

カントは、道徳法則への尊敬の念に従い、常に善をなそうとする意志を善意志と呼んだ。そして、どんな世の中でも無制限に善いとみなされることは、善意志のほかには考えられないと述べた。たとえば、知力や体力が優れていることは一般に善いこととされるが、それらが悪い意志のもとに用いられればかえって害になるとカントは指摘する。

目的の王国

カントは、善意志を持つ人格が、互いを目的として尊重しあう社会を理想として、これを目的の王国(目的の国)と呼んだ。

幸福

目的の王国は理想的な道徳的共同体であるが、直ちに幸福と結びつくわけではない。なぜなら、カントにとって幸福は自愛と結びついた個人的な目的であり、普遍的なものではないからである。カントは、「幸福を求めるのではなく、幸福に値する者となれ」と述べ、徳にふさわしい幸福のみ願うことを許されると説いた。

永久平和

カントは『永久平和論(永久平和のために)』を著し、道徳法則を国際社会に広げた議論を展開した。カントは常備軍の撤廃や国際平和機構の必要性などを説き、のちの国際連盟・国際連合の理念を先取りした。

  • 国際連合の働き…世界の平和と安全を維持する平和維持活動(PKO)で紛争地域で停戦の監視など行う。世界の人々の暮らしを向上させるWHO(世界保健機構機関)などの専門機関や国際児童基金(UNICEFユニセフ)などの様々の国際機関が活動。
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