【高校倫理】幸徳秋水の思想

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【高校倫理】幸徳秋水の思想についてまとめています。

幸徳秋水の思想

社会主義思想と様々な社会運動が広まっていく中、西洋の技術で機械工業が急速に発達し、労働問題や社会問題が生じるようになると、労働者の生活の擁護を目指す社会主義への関心が高まった。

幸徳秋水は、当時の帝国主義を、「愛国心を経とし軍国主義を緯(よこいと)とする20世紀の怪物」と呼んで批判したり、自らが設立した 平民社発刊の「平民新聞」で非戦論を唱えるなどの運動を行ったが、政府による弾圧を受け、大逆事件で処刑された。他に有名な社会主義者としては、片山潜や安部磯雄、木下尚江、堺利彦などがいる。

  • 日露戦争直前…ロシア軍は満州(中国東北部)に駐屯し、満州を勢力圏におさめようとした。日露戦争に対して、幸徳秋水や堺利彦ら平民社の機関紙『平民新聞』が社会主義の立場から反戦論を展開した。
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足尾銅山鉱毒事件

社会主義が広まり始めると、様々な社会運動も起こった。足尾銅山鉱毒事件に関する運動を農民の立場に立って10年間行った衆議院議員の田中正造や、生物学的な視点から、神社合祀令による神社の統廃合によって鎮守の森が破壊されることに反対した南方熊楠、雑誌「青鞜」を創刊し、「原始、女性は実に太陽であった」という宣言でも知られる女性解放運動家の平塚らいてうなどが有名である。また、知識人を中心とした大正デモクラシーと呼ばれる風潮も生まれ、その理論的支柱となった吉野作造は、天皇主権を前提としたうえで人民の福利や政治参加を主張する民本主義を提唱した。

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