【高校倫理】毛沢東の政策やったこと

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【高校倫理】毛沢東の思想についてまとめています。

毛沢東とは

中国共産党の指導者毛沢東(1893年から1976年没)は、20世紀前半の中国の現状を「半植民地的・半封建的な後進的農業国」であると把握し、労働者より農民を主体とする革命運動を展開した。また毛沢東は、中国ではまず反帝国主義・反封建主義の新民主主義革命を成功させ、その上で社会主義革命に進むべきだとする、二段階革命の理論を説き、中国革命を成功させた。

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中国の計画的経済政策から市場経済へ

1949年の中華人民共和国の建国以来、中国は社会主義経済を導入し、計画的な経済政策をとってきた。しかし、経済がゆきづまったため1980年代後半から改革・開放路線を打ち出し、市場経済を導入した。その一環として南部の沿岸部に経済圏を設け、関税を免除するなど外国企業が進出しやすいようにして、外国の資本を積極的に受け入れた。

社会主義体制

社会主義勢力の拡大と行き詰まり、第二次世界大戦後には多くの社会主義国が誕生し、東西冷戦において資本主義諸国と並ぶ勢力となった。社会主義諸国では、生産手段の公有が行われ、計画経済が推進された。しかし、「プロレタリアの独裁」を唱えるその政治体制は、共産党の一党独裁となり、官僚的な硬直した体制のもとで言論の自由など個人の人権は抑圧された。自由競争がないことなどから経済の発展も沈滞し、行き詰まった。

社会主義陣営の崩壊

こうした状況の中、1985年にソ連の共産党書記長に就任したゴルバチョフは、ペレストロイカ(改革)やグラスノスチ(情報公開)など民主的改革を進めた。東西冷戦を終結させ、東欧諸国などへの政治的・軍事的介入をやめた。その結果、1989年には東欧諸国で次々と社会主義政権が倒れる東欧革命が起こり、冷戦の象徴のベルリンの壁が崩壊し、1990年東西ドイツが統一した。1991年には社会主義陣営の中心であったソ連が解体した。中国など他の社会主義諸国でも、資本主義的な市場経済の導入によって経済が発展し、マルクス・レーニン主義の影響力はほとんど失われた。

  • マルクス(1818年から1883年没)…エンゲルス(1820年かた1895年没)と協力して、ヘーゲルの弁証法やイギリス古典派経済学、空想的社会主義などの影響を受けながら新たな社会主義の理論体系を築き、『資本論」などを著した。マルクスの思想は、一般にマルクス主義と呼ばれる。
    確認【高校倫理】マルクスの思想
  • レーニン(1870年から1924年没)…19世紀末~8世紀の資本主義の現状を分析し、マルクス主義論を成長させた、それとともに、ロシアの特殊な状況下での革命成功への道を見いだした。マルクス主義をもとにレーニンが発展させた社会主義論を、マルクス・レーニン主義という。
    確認【高校倫理】レーニンの思想
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