【高校倫理】奈良仏教(南都六宗)のポイント

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【高校倫理】奈良仏教についてまとめています。

奈良仏教

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鎮護国家

奈良時代になると、仏教は鎮護国家の役割を担う国家仏教として位置づけられた。鎮護国家とは、仏教の力で国を災いから守り、安泰をはかることである。「三宝の奴」を自称した聖武天皇(位724年749年)が諸国に国分寺・国分尼寺を建立し、総国分寺である東大寺に大仏(盧舎那仏)を造立させたのも、鎮護国家が目的であった。

南都六宗

奈良時代には、唐に渡った留学僧により各種の仏教教学が伝来し、奈良の諸寺で研究が行われた。中でも代表的な国家公認の6つの学問集団(学派)を南都六宗という。三論宗・成実宗・法相院・倶舎宗・華厳宗・律宗がそれである。後代の宗派とは異なり、当時は1つの寺院の中に複数の宗派があり、1人の僧が各宗を兼学することも自由で、教学のための集団という性格が強かった。

鑑真と授戒制度

仏教の隆盛にともなって僧を自称する私度僧が増え、政府は正式な僧(官僧)の公認制度である受戒制度を確立する必要に迫られた。そのため唐の高僧鑑真(688年から763年)が招かれ、東大寺に戒壇院が設けられた。

行基

山林での修行や、民間布教に努める私度僧が多くあらわれた。行基(668 ~ 749)は、自身は正式な僧であったが、多くの民衆が私度僧として従 い、各地で布教や土木工事・貧民救済などの社会事業を行った。当初、私度僧 たちの活動は弾圧されたが、のちに認められ、東大寺大仏の造立に参加した。

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