【高校倫理】蘭学の思想

シェアする

スポンサーリンク

【高校倫理】蘭学の思想についてまとめています。

蘭学

朱子学者新井白石は、日本に潜入したイタリア人宣教師シドッチ (シドッティ)を尋問して『西洋紀聞』などを著し、洋学の先駆者となった。しかし鎖国体制下で西洋文明の公式の窓口となったのは、長崎のオランダ商館だけであった。そのため、西洋の学問は蘭学と呼ばれた。甘藷(サツマイモ) 栽培の提唱で有名な青木昆陽は、徳川吉宗の命を受けてオランダ語を学び、蘭学発展の要因をつくった。

スポンサーリンク

新井白石

  • 朝鮮通信使の待遇簡素化
  • 閑院宮家の創設
  • 高品位貨幣の発行…物価の安定
  • 1715年正徳新令…長崎貿易での金銀流出防止

確認新井白石の政治(正徳の治)

医学・科学としての蘭学

前野良沢・杉田玄白らによる西洋解剖書『ターヘル=アナトミア』 の翻訳書『解体新書』の刊行(1774)は、蘭学発 展の大きな契機となった。また、西洋の天文・ 暦学や物理学も研究され、志筑忠雄はニュートン力学やケプラーの法則、地動説などを日本に紹介した。 12 西洋

事情の研究から幕政批判

18世紀末以降、頻繁に外国船が日本近海に出没するようになった。オランダ商館のドイツ人医師シーボルトの鳴滝塾で学んだ高野長英は、渡辺華山らと尚歯会(蛮社)に参加し、西洋の科学だけでなく西洋事情や海外情勢の研究を行った。しかし、1837年のモリソン号事件に際し、 長央は『成成夢物語』、華山は「慎機論』を著して幕府の外交方針を批判したため、 蛮社の獄(1839年)で2人とも処罰された。

  • 1858年 日米修好通商条約締結
  • 1860年 桜田門外の変⇒井伊直弼暗殺
  • 1862年 坂下門外の変⇒安藤信生負傷
  • 1863年 薩英戦争(鹿児島vsイギリス)
  • 1866年 薩長同盟成立⇒坂本竜馬が仲介を行う
  • 1867年 江戸幕府(徳川幕府)、大政奉還へ

転換期の思想の特徴

西洋との接触 日本は16世紀半ばに西洋文明と初めて接触したが、その後は江戸幕府の鎖国政策により外国との交流は制限を受けた。そうしたなかでも、西洋の新しい知識は小さな窓口から流入し、国内にも新しい思想や学問が育ち、近代社会への転換を準備した。

過渡期の思想

この近代社会を準備する過渡期における思想面の特徴として、3点があげられる。

  1. 儒学や国学の発達による実証的・批判的精神および尊王思想の形成
  2. 蘭学・洋学による西洋文明の理解や、科学的・合理的思想の導入
  3. 復古神道の広まりなどによる国民としての自覚
比較 国学 蘭学 儒学
内容 日本の古典研究 西洋の学問 儒教の学問
主な人物 本居宣長 杉田玄白 大塩平八郎
功績 古事記伝 解体新書 陽明学
スポンサーリンク

シェアする

スポンサーリンク