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【高校日本史】冷戦の要点ポイント

【高校日本史】冷戦の要点ポイントです。

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冷戦の始まり

アメリカ合衆国は、戦後の西ヨーロッパ諸国を援助し、強力な軍事力と経済力で資本主 義諸国(西側陣営)の中心となった。いっぽう、ソ連は、1946年から第4次五か年計画を行って急速に復興し、東ヨーロッパ諸国の社会主義化を指導して社会主義諸国 (東側順営)の中心となった。

■ 冷戦構造までの流れ

  • 国際連合…1941年大西洋音→1945年サンフランシスコ会議で国連憲章採択。
  • 資本主義陣営(西側)…1947年トルーマンドクトリンコマーシャルプラン→1948年西ヨーロッパ連合条約→1949年北大西洋条約機構(NATO)結成。
  • 社会主義陣営(東側)…東欧諸国の衛星国化。1947年コミンフォルム→位戦。対立の激化…1948年ソ連のベルリン国→1949年東西ドイツの分離独立。1948年朝鮮に大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国成立→1950年朝鮮戦争。
  • 集団安全保障体制の拡大…西側の東南アジア条約機構・日米安全保障条約など。東側のワルシャワ条約機構・中ソ友好同盟相互援助条約など。

アメリカ大陸の動向

1962年のキューバ危機以降、1963年の部分的核実験停止条約調印や 1968年の核拡散防止条約調印など、米ソ間で軍縮が討議されるようになった。

  • アメリカ合衆国…民主党トルーマンの封じ込め政策、フェアディール政策→共和党アイゼンハワーは朝鮮戦争を収拾、巻き返し政策→民主党ケネディはキューバ危機に直面、ニューフロンティア政策→1963年ケネディ暗殺。
  • ラテンアメリカ…1948年米州機構(OAS)設立。1959年キューバ革命(首相力ストロ)→1961年社会主義宣言→1962年キューバ危機。

西ヨーロッパ諸国の動向

社会主義勢力がのびてくると、ヨーロッパで両陣営の対立がはげしくなった。1948年に。ドイツでベルリン封鎖が行かれると緊張が高まり、翌年、ドイツ連邦共和国(西ドイツ)、ドイツ民主共和国(東ドイツ)に分裂して独立した。1949年東西に分裂。西側のドイツ連邦共和国はアデナウアー首相のもとで経済復興。1954年パリ協定で主権回復→1955年NATO加入。

  • イギリス…アトリ一労働党内閣の社会主義的政策、1949年アイルランド共和国成立→チャーチル保守党内閣。
  • フランス…ド=ゴール臨時政府→第四共和政、小党分立で不安定→第五共和政(大統領ド=ゴール)。

ソ連と東ヨーロッパの動向

  • ソ連…スターリンのもとで五か年計画推進→1956年フルシチョフのスターリン批判→1958年フルシチョフ第一書記が首相兼任、平和共存政策。
  • 東ヨーロッパ諸国…ソ連の指導下にポーランド・ハンガリー・ルーマニア。ブルガリア・ユーゴスラヴィア・アルバニアが人民民主主義。ユーゴスラヴィアではティトーの指導下に独自の社会主義路線→1948年コミンフォルムから除名。
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冷戦の終結

  • 冷戦の終結…1985年ゴルバチョフが書記長に就任、ペレストロイカ(立て 直し)、グラスノスチ(情報公開)推進。経済再建のため軍縮、米ソ協調政策→1987年中距離核戦力(INE)全廃条約調印、1989年アフガニスタンから撤兵。マルタ島でブッシュ大統領(父)と米ソ首脳会議=冷戦終結→1990年ゴルバチョフが大統領(~91年)に就任。
  • ソ連の解体…1991年バルト3国の独立→各共和国が独立の動き→1991年12月ソ連邦解体→独立国家共同体(CIS)。

1989年の東欧革命

ポーランドで「連帯」の政権誕生。ハンガリーで市場経済の導入と民主化が進展、国名も人民共和国からハンガリー共和国へ。チェコスロヴァキアで指導部交替。東ドイツでは11月ベルリンの壁開放。ルーマニアでは12月チャウシェスク大統領処刑。1990年10月東西ドイツ統一。1991年アルバニアが自由化政策。ユーゴスラヴィアは解体へ。

ロシアの動向

独立国家共同体の中心。エリツィン大統領(1991~99年)→プーチン大統領(2000~08年):資源輸出などによる経済成長→メドヴェージェフ大統領(2008~12年)→プーチンが大統領に復帰(12年~)。

西ヨーロッパの統合

マーストリヒト条約(1992年調印、1993年発効)→ヨーロッパ連合(EU) 共通通貨ユーロ導入(1999年、貿易などの決済通貨として、2002年、一般の取引に導入)。2013年、クロアティアが加盟するなど、東ヨーロッパへも拡大。

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