【日本史】律令制度(大宝律令)

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【日本史】律令制度(大宝律令)についてまとめています。

律令制度

律令政府は碁盤の目状に土地を区画する条里制によって、農における耕地を把握した。古代の日本では、官僚制などを整えるため、中国の律令法を取り入れた。

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大宝律令

大宝律令は刑部親王らによって編纂された。大宝律令の改定法として、養老律令が編纂された。

  • 律令…律令国家の行政機関、租税制度、刑罰や裁判制度が定められていた。
  • …犯罪とそれに対する刑罰について定めた法典であり、国家や天皇に対する犯罪は、八虐という重罪の一つであった。 律令下の法は、太政官の合議・立案を経て、天皇の裁可を得て制定された。
  • …今日の行政法や民法にあたる。

役所

  • 治部省…国家の仏事や外交を担当した。
  • 刑部省…刑罰に関する政務を担当した。
  • 弾正台…風俗の取り締まりや官更の監察を担当した。
  • 鎮守府…蝦夷に対する支配を進めるため、陸奥国に置いた。
  • 摂津職…難波には特別行政機関として設置された。
  • 国司…任期は当初6年とされたが、後に4年に短縮された。
  • 里長…里に置かれており、里はのちに郷と改名された。

基本台帳

律令政府は調前を課す基本台帳として、毎年計帳を作成した。 班田収授・氏姓確認の基本台帳として、6年ごとに戸籍を作成した。すべての人民を、身分の上で良民と賎民に分けて支配。中央の財源となった調庸は、成年男子のみに課され、女子には課されなかった。 口分田には1段あたり2束2把の租が課され、口分田は、6年ごとに回収された。

  • 稲の出挙…おもに春に借り秋に利子とともに返済する制度であった。
  • 租…地方の正倉に収納され、地方の財源に充てられた。
  • 庸…中央での労役(歳役)のかわりに布などを納めるものとされた。
  • 雑徭…国司の命令による年間60日以内の労役であった。
  • 兵役…成年男子を3人に1人の割合で徴発する兵役が行われた。

あわせて確認

以上が、【日本史】律令制度(大宝律令)となります。

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