【高校日本史】新井白石の政治(正徳の治)

シェアする

スポンサーリンク

【日本史】新井白石の政治(正徳の治)についてまとめています。

新井白石の政治(正徳の治)

新井白石は海舶互市新例を出して、長崎の貿易額を制限した。さらに、輸入品の代金のうち銅で支払う分を増やし、金銀の流出を防ごうとした。新井白石が改鋳した正徳小判は、慶長小判と同程度の金含有率を持つ良質なものであった。正徳の治を実施した新井白石は、元禄小判を改鋳して良質な正徳小判を発行した。しかし、貨幣価値の変動によって経済に混乱を招く結果となった。

スポンサーリンク

長崎貿易の制限

白石はまた長崎貿易を制限した。中国船やオランダ船によって輸入された品物は生糸を第一とし、毛織物・木綿・皮革類、白檀その他の木材などであったが、日本ではこれに対して金・銀・銅などで支払っていた。しかし金・銀の産出が減るとともに銅の輸出が増加したので、白石は1715(正徳5)年に海舶互市新例(長崎新令・正徳新令)をだして、中国船とオランダ船の船隻数や貿易額を制限した。

文学

新井白石は江戸幕府の歴史において、学者がその理念を政治に。 反映させた事例として知られる。新井白石は世界の地理・風俗などを記した『来覧異言』を著した。朝鮮からの国書において将軍の呼称を大君から日本国王に改めさせ、将軍の地位を明確にしようとした。幕府は18世紀前半に朝鮮通信使の待遇を改善し、従来より簡素なものとした。宝永小判は元禄小判より金の含有率がふえたが、重量が減少したため貨幣価値は向上しなかった。

まとめ

儒学者の新井白石の政治の政治で、典型的な文治政治です。

  • 朝鮮通信使の待遇簡素化
  • 閑院宮家の創設
  • 高品位貨幣の発行…物価の安定
  • 1715年正徳新令…長崎貿易での金銀流出防止

などを行う。

あわせて確認

以上が、【日本史】新井白石(正徳の治)となります。

スポンサーリンク

シェアする

スポンサーリンク