【大学入試・日本史】よく出る戦争・事件のまとめ

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【大学入試・日本史】よく出る戦争・事件をまとめています。

よく出る戦争・事件

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蒙古襲来

蒙古襲来の際には、幕府は御家人のみならず非御家人をも防備に動員した。それをきっかけとして、幕府は非御家人を動員する権限を獲得した。北条時宗が執権の時代には異国警固番役がはじまった。蒙古が襲来した文永の役において、日本は元軍の集団戦法や「てつはう」などの火器に苦しめられた。しかしながら、博多湾を襲った元軍の撃退に成功した。外国との戦争の経験から、日本を神が加護する特別な国とみなす思想が強まった。
参考【日本史】蒙古襲来

日清戦争

1894年、甲午農民戦争が起こると、朝鮮をめぐって対立していた日本と清国は朝鮮に出兵し、日清戦争が始まった。日清戦争がはじまると、議会は政府に対し全面的に協調するようになった。日清戦争が終わると、ヨーロッパ列強の中国進出が強まった。義和団事件の鎮圧を機として、列強による清国の勢力圏分割は進んだ。日清戦争の講和条約で、日本は2億両の賠償金を得ることになった。
参考【日本史】日清戦争

日露戦争

日露戦争直前、ロシア軍は満州(中国東北部)に駐屯し、満州を勢力圏におさめようとした。日露戦争に対して、幸徳秋水や堺利彦ら平民社の機関紙『平民新聞』が社会主義の立場から反戦論を展開した。日露戦争期、日本の利益線とは朝鮮半島を指した。日露戦争時の軍事費は、国家予算の8割以上を占め、外債はアメリカやイギリスで募集された。日露戦争の戦費は外国債以外に内債や増税によってまかなわれ、それにより国民の負担は重くなった。
参考【日本史】日露戦争

満州事変

満州事変が起こると、多くの新聞は軍の行動を支持した。 満州事変以後、コミンテルンの反ファシズム統一戦線の呼びかけに呼応して反ファッショ人民戦線の結成を企てたとして、山川均ら左翼知識人が逮捕、弾圧された(人民戦線事件)。
参考【日本史】日中戦争

五・一五事件

1932年に五・一五事件で海軍の青年将校らにより犬養毅首相が暗殺され、政党政治は終わった。朝鮮総督経験者で唯一の海軍出身者である斎藤実は、五・一五事件直後に総理大臣に就任した。 第一次世界大戦の開戦から日中戦争開戦までの時期に、リットン報告書にもとづく勧告が採択されると、日本は国際連盟を脱退した。

二・二六事件

二・二六事件では、陸軍の青年将校らが部隊を率いて政府要人名重要施設を襲撃した。

世界恐慌

世界恐慌期には都市で工場閉鎖や解雇によって失業者が増大し、そのため帰村しなければならなかった女工も多かった。世界恐慌によってアメリカ向け生糸の輸出が激減したため、日本の養蚕業は大打撃をうけた。

昭和恐慌

昭和恐慌により都市の失業者が農村に戻ると、農家の生活困難は深刻化した。昭和恐慌の前後の時期、地租改正によって地租が定額・金納化されていたため、恐慌によっても地価は下がらず、農家の窮乏化はいっそう進んだ。
参考【日本史】世界恐慌時の日本の政策

太平洋戦争

1941年12月日本軍がハワイの真珠湾のアメリカ軍基地を奇襲攻撃。同時にイギリス領マレー半島にも情率して、太平洋戦争は始まる。太平洋戦争が始まり、第二世界大戦は世界規模の戦争に発展する。その戦争が長引き、国民生活にも様々な影響が生じます。
参考【日本史】太平洋戦争

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