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【高校日本史】聖武天皇の政治の要点ポイント

【高校日本史】聖武天皇の政治の要点ポイントです。

聖武天皇の政治

聖武天皇は国分寺建立の詔、大仏造立の詔をだした。

  • 鑑真…何度も遭難しながらも、日本へ渡って仏教の戒律を伝えた。
  • 藤原仲麻呂…養老律令を施行した。
  • 光明子…仏教を信仰し、貧窮者の救済をめざして悲田院・施薬院を置いた。

737年に、藤原不比等の四子が疫病で死亡したことにより、藤原氏の勢力は衰えた。 8世紀には、藤原広嗣が聖武天皇の信任厚い玄防や吉備真備らの排除を求めて大宰府で反乱を起こし、失敗に終わったが、政界に大きな動揺を与えた。

  • 玄助…橘諸兄の政権に参画したが、藤原仲麻呂の台頭により失脚した
  • 孝謙天皇…東大寺大仏の開眼供養を行い、譲位して上皇となった。
  • 墾田永年私財法…開墾地の私有を永年にわたって認めた法がだされた。

墾田永年私財法

墾田永年私財法は、政府の掌握する田地を増加させることにより土地支配の強化をはかる積極的な政策であったが、その一方で貴族・寺院や地方豪族たちの私有地拡大を進めることになった。墾田の面積は身分に応じて制限され、一部の親子や一位の貴族の500町から初位以下庶民の場合の10町まで差が設けられていた。また墾田は、種を納めるべき輸和田であった。

奈良時代中期には、国府の周辺に国分寺や国分尼寺が建立された。仏教を重んじた称徳天皇は、太政大臣禅師の地位を設けた。奈良時代には貴族は、朝廷から封戸を得るなどの特権が与えられた。

  • 道鏡…称徳天皇の支持により法王となって権力を握り、荘園開発を寺院だけの特権とするために、墾田永年私財法を停止するなどした。
  • 和気清麻呂…藤原百川らとともに、皇位に就こうとする道鏡の企 てを阻止した。

光仁天皇の時代には、東北地方で起こった伊治階麻呂の乱の鎮圧に努めた。律令政府は、都と諸国を結ぶ官道を整備し、駅家を置いて地方との連絡に利用した。

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