【大学入試・日本史】よく出る人物のまとめ

シェアする

スポンサーリンク

【大学入試・日本史】よく出る人物についてまとめています。

人物

スポンサーリンク

飛鳥時代

  • 蘇我馬子…男の崇峻天皇を暗殺し、姪の推古天皇を即位させた。
  • 小野妹子…「日出る処の天子」からの国書を持参し、日本は中国皇帝と対等の関係を築こうとした。

確認【日本史】飛鳥時代

奈良時代

  • 天武天皇…壬申の乱の後、畿内の有力豪族が没落したことにより相対的に権力を強め、親政を行った。天武天皇は仏教を尊重して大寺院を建立する一方、僧尼を規制し、仏教を国家統制の下に置いた。
  • 持続天皇…もと天武天皇の皇后であったが、夫・天武天皇や息子・草壁王子の死後、自ら皇位につき、また孫・文武天皇の即位も実現している。 持統天皇は庚寅年籍を制定した。

確認【日本史】大化の改新

  • 長屋王…親王(天皇の子や兄弟)と記されているが、天武天皇の孫であり、藤原不比等の死後実権をにぎったが、天皇家と結びつき勢力を拡大した藤原四子と対立し、策謀により自殺させられた。
  • 聖武天皇…国分寺建立の詔、大仏造立の詔をだした。
  • 鑑真…何度も遭難しながらも、日本へ渡って仏教の戒律を伝えた。
  • 藤原仲麻呂…養老律令を施行した。
  • 光明子…驚く仏教を信仰し、貧窮者の救済をめざして悲田院・ 施薬院を置いた。
  • 玄助…橘諸兄の政権に参画したが、藤原仲麻呂の台頭により失脚した
  • 孝謙天皇…東大寺大仏の開眼供養を行い、譲位して上皇となった。
  • 道鏡…称徳天皇の支持により法王となって権力を握り、撃田開発を寺院だけの特権とするために、墾田永年私財法を停止するなどした。
  • 和気清麻呂…藤原百川らとともに、皇位に就こうとする道鏡の企 てを阻止した。

確認【日本史】奈良時代

  • 鑑真…東大寺において僧侶らに戒律を授け、またその晩年に唐招提寺を創建した。
  • 行基…法令にそむいたの行基の民間布教は、政府によって禁圧された。

確認【日本史】天平文化

平安時代

  • 桓武天皇…東北・九州などを除いて軍団・兵士を廃止し、郡司の子弟を健児とした。
  • 坂上田村麻呂・阿倍比羅夫…7世紀に蝦夷を征討した。征夷大将軍となった坂上田村麻呂が胆沢城を築いた。
  • 嵯峨天皇…京内の治安維持をつかさどる検非違使を設置した。検非違使は、平安京内の警察にあた るもので、裁判権も掌握していった。
  • 空海…遣唐使や遣隋使に随行した留学生・留学僧には空海がいるが、空海は帰国後、9世紀に高野山に金剛峰寺を開き、真言宗を伝えた。
  • 最澄…帰国後、比叡山に延暦寺を建立し天台宗を伝えた。9世紀には天台宗に密教が本格的に取り入れられた。

確認【日本史】平安時代

  • 藤原道長…当時流行した浄土の教えを信じ、晩年には阿弥陀堂を中心とする法成寺を造営した。
  • 藤原実資…『小右記』宮廷の儀式や故実について記された記録がある。そこには、「この世をば我が世とぞ思ふ、望月の欠けた ることもなしと思へば」と詠んだ藤原道長の栄華についても記述されている。
  • 藤原頼通…約50年にわたって摂関の地位を独占し、平等院鳳凰堂を建立した。

確認【日本史】摂関政治

  • 白河上皇…自分の心に従わないものとして、賀茂川の水、双六の事の目とともに延暦寺の僧兵をあげた。平治の乱で勝利を収めた平清盛は乱後、後白河院政のもとで中央政界での地位を高めた。
  • 平清盛…太政大臣に任命され、その一族も高位高官に昇った。大輪田泊の修築を行うなど、日宋貿易を奨励した。13世紀中頃から借上を金融業者として、米銭の輸送または賃借に為替という決済手段が用いられた。
  • 後白河上皇…鹿ケ谷事件(鹿ヶ谷の陰謀)が起き、藤原成親が俊寛とともに処罰された。 11世紀には、上級貴族や寺社は知行国主として一国の支配権を 与えられ、国守には国主の子弟が任命された。

確認【日本史】院政と平氏政治

鎌倉時代

  • 源頼朝…奥州藤原氏を滅ぼした後、奥州総奉行を置いた。後白河法皇の死後、征夷大将軍に任命された。

確認【日本史】鎌倉幕府のしくみ

  • 北条政子…父の北条時政とはかって将軍源頼家の親政を停止し、有力御家人による合議制を進めた。
  • 北条泰時…3代執権。有力御家人や政務にすぐれた人々を選んで、評定衆を創設した。
  • 後鳥羽上皇…西面の武士を設置して、軍事力の増強をはかり、権力の回復につとめた。源実朝の死後、後鳥羽上皇は承久の乱を起こした。承久の乱の結果、後鳥羽・土御門・順徳の三人の上皇が配流され、仲恭天皇が廃された。
  • 北条時頼…1252年に宗尊将軍として鎌倉に迎えた。北条時頼は、裁判の迅速化をはかるため、評定衆の下に新たに引付宗衆を設置した。

確認【日本史】執権政治

  • 源実朝…『金槐和歌集』を残した、鎌倉幕府第3代将軍である。
  • 鴨長明…『方丈記』において、変転する世相を無常観にもとづいて描いた。
  • 西行…自身の和歌集『山家集』を残している。
  • 橘成季…『古今著聞集』を編纂した。
  • 阿仏尼…『十六夜日記』を著した。

確認【日本史】鎌倉文化

  • 足利義満…南朝の後亀山天皇によびかけて南北朝の合体を実現し、南北朝の動乱に終止符を打った。 将軍足利義満の仲介を経て、南朝の天皇が北朝の後小松天皇に位を譲り、南北両朝が合体したことで、幕府の全国支配が完成した。
  • 足利尊氏…後醍醐天皇の冥福を祈るため天竜寺建立を計画し、造営費の調達のため天竜寺船を元に派遣した。

確認【日本史】室町幕府のしくみ

安土・桃山時代

  • 織田信長…安土に城を築いた。関所を撤廃し、城下町の商業活動が円滑にいくようにした。
  • 豊臣秀吉…関白についで太政大臣に任じられたが、征夷大将軍になることはなかった。聚楽第を造営して天皇をむかえ、諸大名に天皇と自
    分に対する忠誠を誓わせた。

確認【日本史】織豊政権(織田信長と豊臣秀吉の政治)

江戸時代

  • 徳川家康…1600年の関ヶ原の戦いに勝った後、1603年に征夷大将軍に任じられ、江戸幕府を開いた。方広寺の鐘銘問題がきっかけとなり、大坂の役がおこり徳川家康は大坂夏の陣で、豊臣秀頼を自害に追いこみ豊臣氏を滅ぼした。

確認【日本史】江戸幕府のしくみ

  • 林羅山…1583~1657. 江戸時代初期の朱子学者の中心思想は、「存心持敬(日常の言動をつつしみ、本来の自己に立ち返ること)」と「上下定分の理(士農工商の身分秩序, 幕藩体制の正当化)」である。
  • 酒井田柿右衛門…上絵付の技法を修得し、赤絵磁器の製造に成功して、有田焼の名を高めた。

確認【日本史】江戸時代初期の文化

  • 徳川綱吉…生類憐みの令を出して、犬をはじめとする鳥獣の保護を命じた。貨幣の質を落とした改鋳を行い、物価の騰貴を招いた。
  • 荻原重秀…財政難を打開するために貨幣改鋳を行い、質を下げた元禄小判を発行した。

確認【日本史】徳川綱吉の政治(天和の治)

  • 新井白石…海舶互市新例を出して、長崎の貿易額を制限した。さらに、輸入品の代金のうち銅で支払う分を増やし、金銀の流出を防ごうとした。

確認【日本史】新井白石の政治(正徳の治)

  • 吉田光由…『塵劫記』を著し、和算の普及に寄与した。
  • 関孝和…高等数学の理論を組み立てて和算を大きく発展させ、『発微算法』を著した。
  • 伊藤仁斎…古義学派を形成し、古義堂を開いて多くの門人を育てた。
  • 山崎闇斎…儒教(朱子学)と神道を融合させて垂加神道を開いた。
  • 稲生若水…『庶物類集』を編集した。
  • 貝原益軒…『大和本草』を著し、本草学の基礎を築いた。
  • 安井算哲…中国の暦を訂正した貞享暦が作成された。
  • 井原西鶴…町人の愛欲の世界を奔放に描写し、営利の道を肯定的に描いた。
  • 松尾芭蕉…松永貞徳ら貞門派や西山宗因ら談林派の俳風を学び、自己の俳風として正園(蕉風)を確立した。
  • 西山宗因ら…談林派による俳諧がもてはやされた。

確認【日本史】元禄文化

  • 徳川吉宗…1716年、紀伊藩主から8代将軍となり享保の改革をすすめる。質素・倹約をかかげて実施。
  • 田沼意次…株仲間を公認し、彼らから営業税として運上を徴収した。「役人の子はにぎにぎどが見え」とは、田沼意次の時代に施設が横行したことを詠んだものである。 田沼意次は、朝鮮人参座をおいて朝鮮人朝鮮人参座をおいて朝鮮人参の専売制をいた。

確認【日本史】享保の改革(徳川吉宗の政治)

  • 水野忠邦…物価を引き下げるために、株仲間を解散させた。 異国船打払令を緩和して、新水給与令を出した。さらに、質素・倹約を厳しく命じて華美な風俗を禁止した。
  • 島津斉彬…集成館と称する直営工場群を建設し、新たな産業の導入と軍事改革をすすめた。

確認【日本史】天保の改革(水野忠邦の政治)

  • 西川知見…中国・東南アジア・ヨーロッパなど世界各地域の産物を記した『華夷通商考』を著した。新井白石は潜入したイタリア人宣教師シドッチを尋問し、『西洋紀聞』を著した。
  • 杉田玄白…西洋医学の解剖書『ターヘルニアナトミア』を翻訳した。
  • 志筑忠雄…『暦象新書』を著して、こュートンの力学やコペルニクスの地動説を紹介した。
  • 稲村三色…最初の蘭日対訳辞書である『ハルマ剤薬』を訳出した。
  • 本居宣長…長年にわたって『古事記』を研究した成果を『古事記伝』としてまとめた。
  • 伊能忠敬…全国の沿岸の測量を行い、『大日本沿海輿地全図』の作成にあたった。
  • 平賀源内…物理学の研究を進め、摩擦発電器(エレキテル)の実験を行い、寒暖計や不燃性の布などをつくった。
  • 緒方洪庵…設立した適塾(適々斎塾)では蘭学が教授され、多くの人材を輩出した。
  • 山県大弐…尊王論の立場から幕府を批判して処罰された。
  • 竹内式部…京都の公家に尊王論を説いて処罰された。
  • 司馬江漢…西洋画の技法により銅版画を制作した。
  • 亜欧堂田善…西洋画を修得した。

確認【日本史】化政文化

明治時代

  • 中江兆民…参加した自由党は、政府の弾圧と党内の混乱によって解党した。保安条例によって、ほかの民権家らとともに東京から追放された。
  • 伊藤博文…ヨーロッパでシュタインやグティストからドイツ派の憲法理論を学んで帰国し、憲法制定の準備を進めた。
  • 黒田清隆…(北海道)開拓使官有物払下げを強行しようとして批判をあび、一時閑職に退いたが、のちに復帰し、首相として大日本帝国憲法発布の式典に臨んだ。
  • 山県有朋…徴兵制度を導入し、陸軍最高の指導者として2回首相となり、その後も元老として権力をふるった。
  • 松方正義…大蔵卿として紙幣整理を断行し財政の安定に貢献するとともに、首相を2回つとめ、のちに元老となった。

確認【日本史】明治時代の立憲政治

  • 大隈重信…大審院に限り外国人判事の任用を認める方針で冬約改正交渉にのぞんだが、国内の反対の声が強く、交渉の挫折を余儀なくされた。 日米通商航海条約の締結・発行によって日本は関税自主権を完全に回復した。

確認【日本史】明治時代「条約改正」

  • 津田梅子…岩倉使節団に随行してアメリカに留学し、帰国後には女子英学塾を創設した。
  • 福沢諭吉…慶應義塾を創立した。
  • アメリカ人のフェノノサ…岡倉天心とともに、日本の美術の復興に努める。また、日本画の横山大観(無我)、狩野芳崖、彫刻の高村光雲が近代的な日本の美術を切り開きました、
  • 黒田清輝…印象派の画風を紹介し、「湖畔」などを描きました。
  • 荻原守衛…欧米の近代的な彫刻を制作。
  • 滝廉太郎…「荒城の月」や「花」を作曲。

確認【日本史】明治時代の近代文化

大正時代

  • 加藤高明…選挙法改正に基づく最初の衆議院議員選挙で、無産政党から8名が当選した。第一次世界大戦後、労働者・農民の利益を代表する、労働農民党 などの無産政党が結成された。

確認【日本史】大正時代の政党政治

  • 浜口雄幸…軍縮をめざし、ロンドン海軍軍縮条約を締結したが、その内容から議会で統帥権干犯問題の追及を受けた。 関東大震災後には、震災恐慌や金融恐慌など、慢性的な不況に陥った。

確認【日本史】世界恐慌時の日本の政策

スポンサーリンク

シェアする

スポンサーリンク