高校世界史【古代四大文明の要点】ここだけは押さえる!

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【高校世界史】古代について、簡単に全体像をつかめるようまとめています。

古代文明

古代文明
オリエント、ギリシア文明、ローマ、アジア地域についてそれぞれポイントをまとめています。

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オリエント

紀元前3000年頃に成立したオリエント文明では、大河の治水によって都市国家が形成され、王が神の名のもとに神権政治をおこなった。文化的にはエジプトの太陽暦、メソポタミアの六十進法、フェニキアの表音文字などがヨーロッパに伝えられ、パレスチナに誕生した一神教は、のちのキリスト教のもとになった。

  • キリスト教…紀元前後、パレスチナ地方に生まれたイエスが広めました。神を信じる者は誰もが救われると解き、イエスの教えは、後に聖書(新約聖書)にまとめられました。

確認三大宗教のまとめ

ギリシア文明

ギリシア文明は、オリエントの影響をうけて生まれたエーゲ文明が崩壊したあと、ポリスという独特の仕組みから生まれた。奴隷制を経済的基盤としてはいたが、独立した自由な市民たちの 共同体であり、そこから直接民主政が生まれた。こうしたポリス社会は、また人間中心的で合理主義的な精神文化を生み出した。

  • アリストテレス…現実的な「ポリスの倫理」を、相互の愛情である友情(フィリア)と秩序維持のために正義(ジャスティス)に求めた。

確認アリストテレスの思想

ローマ帝国

ギリシアの影響を受けてイタリアに誕生した都市国家の一つローマは、強大な軍事力を背景に地中海周辺を統一し、ローマ帝国となった。ローマ帝国は、さまざまな文化や民族を、地中海世界という一つのまとまりの中に統合し、都市を中心にギリシア文化を継承発展させて植えつけた。「ローマの平和」のもとで繁栄そして、ローマ帝国は、その後のヨーロッパ文明の母体となった。

インド文明

インド世界では、まずインダス川流域で紀元前2300年頃から 都市文明が発達した。その後アーリヤ人が西北インドに進入し、 ガンジス川流域に移動する過程で、今日にもつながるインド的な 社会や世界観が形成された。そして、仏教やヒンドゥー教などのちの世界に大きく影響をあたえる宗教も誕生した。

  • 仏教…紀元前5世紀頃、インドに生まれた釈迦(シャカ)が開きました。「心の迷いを取り去ることで、この世の苦しみのから逃れる」と説きました。やがて中国や日本にも伝わりました。
  • ヒンドゥー教…インドの大部分の人が信仰している。カースト制は、ヒンドゥー教の関係が深い厳しい身分制度。
  • バラモン教…古代アーリア人の民族宗教をバラモン教と呼ぶ。バラモン教は ヴェーダを聖典として、自然の神々を崇める多神教であった。

インダス文明

前2300年ごろ、モエンジョ=ダーロやハラッパーの都市文明。計画都市。青銅器、印章(未解読のインダス文字)、彩文土器。

  • 紀元前2000年頃、インドのインダス川流域に発生。
  • 排水施設などを持つ都市の都市遺跡であるモヘンジョ・ダロ。インダス文字。
  • 身分制度は、紀元前1500年頃アーリア人が先住民を征服して、身分制度(のちのカースト制度)を作りました。
  • アーリヤ人の侵入…前1500年ごろインダス川上流へ。「リグ=ヴェーダ」の成立。前1000年ごろガンジス川流域へ。カーストの原型(四種姓)。バラモン教。

バラモン教

古代アーリア人の民族宗教をバラモン教と呼ぶ。バラモン教は ヴェーダを聖典として、自然の神々を崇める多神教であった。
確認【高校倫理】バラモン教の教え

新宗教の成立

クシャトリヤ(武士)・ヴァイシャ(商人)が成長。前7世紀ウパニシャッド哲学→前5世紀ごろガウタマ=シッダールタが仏教を、ヴアルダマーナがジャイナ教をおこす。仏教はクシャトリヤが支持。

  • ウパニシャッド哲学…前7~前4世紀頃、ヴェーダに付属する奥義書とされる 『ウパニシャッド』が成立した。これにより、ヴェーダの内容が哲学的に深められ、バラモン教の教義が整備された(ウパニシャッド哲学)。

インド統一国家の成立

  • マウリヤ朝…前4世紀末, 北インドを支配。前3世紀アショーカ王のとき全盛。仏教をスリランカへ。
  • 中央アジア…前3世紀ギリシア人のパクトリア成立。次いで大月氏国が成立→イラン系クシャーナ朝。
  • シャーナ朝…1世紀に西北インドに進出(都プルシャプラ)。2世紀半ば カニシカ王のとき全盛。大乗仏教とガンダーラ美術(ギリシアの影響)は中央アジアから東アジアに伝わる。

グプタ朝

4世紀、チャンドラグプタ2世のとき北インドを統一。ヒンドウー教が普及、『マヌ法典」の集大成。アジャンター石窟寺院(仏教美術)。サンスクリット文学隆盛。

  • ヒンドゥー教…バラモン教はその後、各地の民間信仰と結合してヒンドゥー教となった。今日では、インドの8割以上の人が信仰する民族宗教となっている。

ヴァルダナ朝

7世紀前半、ハルシャ王が北インドを統一。唐の僧玄奘がナーランダー僧院で学ぶ。

東南アジアの諸文明

  • 南ベトナム・カンボジア…前4世紀ごろドンソン文化。1~2世紀ごろ、海の道に沿って港市国家成立。扶南・チャンバー。クメール人のカンボジア→アンコール朝の寺院アンコール=ワット(ヒンドゥー教と仏教の影響)。
  • ビルマ…上座部仏教のバガン朝。

7世紀半ばシュリーヴィジャヤ王国(スマトラ島)。シャイレンドラ朝(ジャワ島)の大乗仏教建築ボロブドゥール。

中国文明

中国では、黄河流域の都市文明の中から股王朝、ついで周王朝が成立して支配。その後春秋・戦国時代の動乱の中で、中央集権的な政治体制や、儒教をはじめとする新しい思想が形成された。前3世紀の秦による中国統一をへて、つづく漢の時代に、皇帝による政治体制の基礎がかたまった。

黄河流域の文明(新石器文化)として、

  • 仰韶文化(彩陶文化)…前5千年紀, 黄河中流域中心。
  • 竜山文化(黒陶文化)…前3千年紀, 黄河下流域中心。

殷は、紀元前1600年頃、現在確認できる中国最古の王朝である職が成立した。軍事・農事など重要な国事を、神意を占って国王が決定する祭政一致の神権政治が行われ、占いの結果は甲骨文字で記された。青銅器・甲骨文字の使用。神権政治。

前1027年に股を滅ぼした武王は、渭水のほとり鍋京を都に周を建国。一族や功臣に土地を与えて世襲させ、貢納・従軍の義務を負わせる封建制度が行われた。前770年、周は犬戎の侵入によって鋼京が攻略され、洛邑(現在の洛陽)に都を移した。以後を東周とよぶ。都鋼京。氏族的な封建制を施行。宗法制。
確認【高校世界史】中国王朝史

春秋・戦国時代

  • 春秋時代…前770年、周の東遷(都を洛邑へ)以後、諸侯が自立。
  • 戦国時代…前403年、晋の分裂以後、周室は有名無実化。諸侯は富国強兵策。鉄製農具・青銅貨幣の使用。戦国の七雄。

諸子百家

儒家(孔子・孟子・荷子)・道家(老子・荘子)・法家など。 諸子百家の「子」は先生、「家」は学派の意味で、中国統一のため富国強兵策を唱える多くの思想家たちがあらわれ、いわゆる「百家争鳴」の状況を表現している。各地の有力諸侯(王)は、諸子百家から好みの思想家を人材(宰相)登用し、軍政改革(騎馬戦術や外交戦術)・財政改革(産業育成や貨幣導入)に取り組んだ。

秦・漢の時代

  • 秦…前221年、始皇帝が全国統一。郡県制。法家思想→変書・坑儒(李斯の進言)。匈奴を討ち、万里の長城。半両銭。陳勝・呉広の乱で衰退。
  • 前漢…前202年、劉邦が建国。郡国制→呉楚七国の乱→武帝が中央集権確立。対匈奴積極策(張震を大月氏へ)。儒学の官学化(董仲舒)。衛氏朝鮮を滅ぼし、楽浪郡など4郡を設置。郷挙里選。均輸・平準法。
  • 新…8年、外戚の王莽が帝位をうばう。周を理想化。赤肩の乱。
  • 後漢…25年、劉秀(光武帝)が漢を復興。班超が西域都護として活躍。官官:の横暴→党鋼の禁。黄巾の乱

このころの文化

訓話学の発達(郭玄)。司馬遷『史記』・班固『漢書』(ともに紀伝体)。

東南アジアの文明

東南アジアの諸地域は、早くから中国やインドと交流し、その影響を受けながら独自の文明を形成してきた。

アメリカの文明

アメリカ大陸の中部・南部でも、トウモロコシなどの農耕を基礎とする都市文明が興り、のちには強力な国家も形成された。

東アジアの文明

漢が滅びると、中国は魏晋南北朝の分裂・動乱時代に入り、この頃から朝鮮半島や日本でも国家形成の動きが見られるようになった。

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