九州大学共創学部の2022年度入試では、小論文の課題として「化学の発明」が取り上げられました。科学技術の進歩が人類社会にもたらす恩恵と課題をどのように論じるかが問われる良問です。本記事では、設問の狙いを踏まえた解答例とともに、構成の工夫や論理展開のポイントを解説します。
【大学入試小論文】九州大学共創学部(2022年度)小論文解答例「科学技術」です。改題となっています。
【問題】I.『令和2年度版情報通信白書』(総務省)と『平成28年度版情報通信白書』(総務省)から、情報通信技術に関する図表1~10を読み、問1.Society5.0についての短文を読み、このことを念頭に置いて、図表の読み取り、問2.問1及び与えられた資料を踏まえ、「10年後の日本国のデジタル経済・社会の将来像がどのようであるべきか」を、社会における具体的な問題とそれを支える情報通信技術を想定して、科学技術が果たすべき貢献について論理的かつ具体的に構想せよ。(条件略)
【ある合格者の例】水素が拓く未来――燃料電池車と持続可能な社会の接点
地球温暖化や大気汚染といった環境問題の深刻化が進む現代社会において、それらの克服に科学がいかに寄与できるかが問われている。その一例として注目すべきは、燃料電池車の登場である。化学技術の進展が生んだこの革新的な乗り物は、我々の暮らしの在り方やエネルギーのあり方そのものを問い直す契機となっている。
従来、我々は主にガソリン車を利用してきた。石油を燃料とすることで得られる動力は、長らく人類の移動手段を支えてきたが、その代償として大量の二酸化炭素や窒素酸化物などの有害物質を大気中に放出してきた。これが温室効果ガスの増加を招き、地球温暖化を引き起こす要因となっている。温暖化は単に気温が上昇する現象にとどまらず、極端な気象、海面上昇、生態系の崩壊といった多方面にわたるリスクを孕んでいる。
こうした状況を打破する一つの手段が、燃料電池車の普及である。燃料電池車は、水素と酸素の化学反応によって電気を発生させ、その電気でモーターを駆動する。排出されるのは水のみであり、走行時に二酸化炭素や有害物質を一切出さない。しかも、ガソリン車に比べてエネルギー変換効率が高く、無駄の少ないシステムである点も注目に値する。
しかし、理想的な技術であっても、現実には普及の壁が存在する。最大の課題はコストである。燃料電池には高価な白金触媒が必要であり、これが製造コストの大部分を占めている。また、水素ステーションの整備というインフラ面でも大きな障壁がある。水素の取り扱いには高度な安全管理が求められ、既存のガソリンスタンドを転用するにも膨大な時間と費用が必要だ。特に地方では、採算性の面からインフラ整備が遅れることが予想される。
さらに、水素をどのように得るかという根本的な問題も無視できない。現在多くの水素は、天然ガスなどの化石燃料を原料としており、その過程で二酸化炭素が排出される。水素を「クリーンなエネルギー」と呼ぶには、製造段階から排出を抑える「グリーン水素」の普及が不可欠であり、二酸化炭素の回収・再利用といった技術革新が急務である。
このように、燃料電池車は科学の成果として環境問題解決への大きな可能性を秘めている一方で、経済的・技術的・社会的な課題が山積している。しかし私は、これこそが科学の面白さであり、化学の社会的意義だと考える。単に理論を学ぶのではなく、現実社会に橋を架ける実践的な知を追求することこそ、科学に求められる姿勢ではないか。
燃料電池車の普及は、単なる技術の進歩ではなく、我々がいかに持続可能な社会を目指すかという価値観の選択でもある。化学はその選択を後押しする強力な道具であり、人類の未来を切り拓く鍵となりうる。だからこそ私は、科学を学ぶ者として、社会との接点を常に意識しながら、環境と共生する新たな未来の構築に貢献していきたいと強く願っている。
小論文「化学の発明」の書き方ポイント
① 設問の意図をつかむ

「化学の発明」とは、具体的な技術(プラスチック・合成繊維・医薬品・肥料など)を指す。
ただし、単なる技術史の説明ではなく、科学技術の両面性(恩恵と課題)をどう評価するかが問われている。
② 主張の軸を決める

小論文では「化学の発明が人類にとってどういう意味を持つか」を明確にする。たとえば:
- 肯定軸:生活水準を飛躍的に向上させ、人口増加や医療発展を支えた。
- 問題提起軸:環境破壊・公害・廃棄物問題を引き起こし、持続可能性が問われている。
- 共創的視点(九州大学共創学部らしい視点):技術を「どう活かすか」は科学者だけでなく社会全体の課題である。
③ 具体例を盛り込む

- 正の側面:アンモニア合成法(ハーバー・ボッシュ法)は肥料を大量生産し、世界の食糧不足を緩和。
- 負の側面:同じ技術が爆薬開発に利用され、戦争被害を拡大。
- 現代的課題:プラスチックごみによる海洋汚染、地球温暖化ガスの排出。
→ このように「一つの発明が複数の側面を持つ」ことを示すと論理に厚みが出る。
④ 論のまとめ方

単なる功罪列挙に終わらないこと。
最後に「私たちは今後どう技術と付き合うべきか」という方向性を示す。
科学技術の社会的責任(Responsible Research and Innovation)。
技術を利用する側=社会全体の意識改革が必要。
「発明を否定するのではなく、持続可能な形で共に生かすべき」と結ぶと一貫性がある。
まとめ
小論文「化学の発明」では、
- 発明の恩恵と課題を両面から考察する
- 具体例で論を支える
- 最後に「未来への提案」で締めること
以上が高評価につながります。
化学が環境問題の解決に貢献した事例
1. 燃料電池車 (FCV)
発明・発見の核心
燃料電池車は、水素と酸素を化学反応させることで電気を生成し、その電気で車を動かす技術です。水素と酸素を使った化学反応で得られる電力は、排出物として水しか生成せず、温室効果ガスの排出を削減できる点が特徴です。特に、白金触媒を使って水素を電気エネルギーに変換する技術が進化し、効率的にエネルギーを得ることができるようになりました。
負の側面
燃料電池車の普及を妨げる最大の要因はコストです。水素を効率的に扱うために高価な白金触媒が必要で、その価格が車両全体のコストを押し上げます。また、水素ステーションの整備や水素の製造過程での二酸化炭素排出といった問題もあります。水素の製造方法においては依然として化石燃料が使われることが多いため、その環境負荷を完全に解消することが求められています。
2. リチウムイオン電池
発明・発見の核心
リチウムイオン電池は、軽量で高エネルギー密度を誇る蓄電池です。電気自動車やスマートフォン、ノートパソコンなど、さまざまな携帯機器やエネルギー貯蔵システムに利用されています。この電池の開発により、再生可能エネルギーの普及や、エネルギー効率の向上が加速し、化石燃料依存の低減に貢献しています。リチウム、コバルト、ニッケルなどの金属を利用した技術で、充電と放電を繰り返すことでエネルギーを効率的に蓄え、供給できます。
負の側面
リチウムイオン電池の製造には大量のリチウムやコバルトなどが使用され、これらの資源は一部地域での過剰採掘や環境への影響が問題となっています。加えて、使用後の廃棄物問題も無視できません。リサイクルが進んでいない現状では、大量の使用済み電池が埋め立て地に放置され、環境に悪影響を与える恐れがあります。
3. フロン類の代替物質 (HFCs, HFOs)
発明・発見の核心
フロン類は、冷蔵庫やエアコンなどで使われる冷却剤として広く利用されていましたが、その成分がオゾン層を破壊する原因となることが判明しました。そのため、フロン類に代わる新しい冷却剤として、HFCs(ハイドロフルオロカーボン)やHFOs(ハイドロフルオロオレフィン)が開発されました。これらの化学物質はオゾン層に対する影響が少なく、フロン類の代替として広く使用されています。
負の側面
ただし、HFCsやHFOsも温室効果ガスであり、大気中に放出されると地球温暖化を引き起こす原因となります。特に、HFCsは強力な温暖化効果を持つものも多いため、これらの物質の使用が増加すると、温暖化への影響が新たな問題として浮上します。冷却技術の進歩と同時に、温室効果ガスの削減にも取り組む必要があります。
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