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【高校日本史探究】テストでよく出る法律・制度一覧

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【大学入試対策】日本史総合でよく出る法律・制度一覧です。日本史のテストでは、各時代の法律や制度が頻出テーマの一つです。法令の制定背景や目的を理解しておくことで、単なる暗記にとどまらず、歴史の流れをつかむことができます。本記事では、高校日本史探究の試験で特に出題されやすい法律・制度を厳選し、それぞれの特徴やポイントをわかりやすく整理しました。「この法律はどんな影響を与えたのか?」を意識しながら学ぶことで、記述問題や論述対策にも役立つはずです。テスト直前の確認にも活用してください!

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日本史でよく出る法律・制度一覧

名称 時代・施行年 主な内容・目的
改新の詔 646年(飛鳥時代) 公地公民制の確立、班田収授法の導入など大化の改新の基本方針
三世一身法 723年(奈良時代) 新しく開墾した土地を三世代まで私有できる制度
墾田永年私財法 743年(奈良時代) 新しく開墾した土地の永久私有を認める
御成敗式目 1232年(鎌倉時代) 鎌倉幕府が制定した武家法の基本法典
永仁の徳政令 1297年(鎌倉時代) 負債の帳消しや土地の無償返還を命じた政策
分国法 室町時代 戦国大名が領国内の統治のために定めた法律
バテレン追放令 1587年(安土桃山時代) キリスト教布教の禁止と宣教師の国外追放を命じた法令
生類憐みの令 1685~1709年(江戸時代) 動物の保護や弱者救済を目的とした法令
大日本帝国憲法 1889年(明治時代) 日本初の近代憲法、君主主権を基本とする
普通選挙法 1925年(大正時代) 25歳以上の男子に選挙権を拡大(納税要件撤廃)
治安維持法 1925年(大正時代) 社会主義・共産主義運動の弾圧を目的とした法律
教育基本法 1947年(昭和時代) 戦後の教育制度の基本方針を定めた法律
独占禁止法 1947年(昭和時代) 企業の独占や不当な取引制限を禁止する法律
労働組合法 1945年(昭和時代) 労働者の団結権や労働協約の締結を保障
国連平和維持活動(PKO)協力法 1992年(平成時代) 自衛隊の国連平和維持活動への参加を定めた法律
喧嘩両成敗法 戦国時代 大名家臣間の私闘を禁じ、両者に罰を与える法
人掃令 1591年(安土桃山時代) 身分統制を強化し、農民の移動を制限
学制 1872年(明治時代) 近代的な教育制度の導入、小学校の義務化を開始
糸割符制度 1604年(江戸時代) オランダ・中国からの生糸輸入を管理する制度
定免法 江戸時代 年貢を一定額に固定する政策
公事方御定書 1742年(江戸時代) 江戸幕府が制定した裁判基準をまとめた法典
足高の制 1723年(江戸時代) 役職に応じて不足する俸禄を支給する制度
荘園整理令 平安・鎌倉時代 荘園の増加を抑制し、公領の確保を目指した法令
警察法 1947年(昭和時代) 警察の組織・運営を定めた法律
学校教育法 1947年(昭和時代) 日本の学校制度を規定する法律

改新の詔

改新の詔では京・畿内や地方の行政制度や中央集権的な交通・軍事の制度、新たな租税制度を定めている。 日本海側の蝦夷支配の拠点として、淳足綱・緊舟欄が設けられた。

三世一身法

未開地を開墾した場合は三世にわたり、既墾地を開墾しなおした場合には本人一代にわたりその保有を認めた。

墾田永年私財法

開墾地の私有を永年にわたって認めた法がだされた。

御成敗式目

御成敗式目は、源頼朝以来の先例や武家社会の言に基づき、権勢の有無にかかわらず公平に裁判するために制定された。鎌倉幕府は御成敗式目を基本法題とし、その後は必要に応じて御成敗式目に対する追加法という形で新たな立法を行った。

永仁の徳政令

永仁の徳政令が出されたのは、幕府が得宗専制政治を行っていた13世紀で、それにより売却された御家人領を無償で買い戻させた。 徳政令が出された時期には荘園領主の支配に反抗する悪党が活動し、幕府はその鎮圧に苦慮するようになった。借上が窮乏化した御家人に対して、所領を担保に金を貸した。

分国法

守護代・長尾氏からでて関東管領家をついだ上杉謙信(長尾景虎)は、北条氏や武田氏と戦った。16世紀には結城氏新法度(結城家法度)が制定された。 喧嘩両成敗法は、紛争当事者が私闘によってその解決をはかることを禁じたものである。

バテレン追放令

「日本は神国である」としてバテレン追放(宣教師)令を出し、宣教師の国外追放を命じ、長崎の教会員定収した。京都・長崎などの商人の、東アジア諸国への渡航を認めた。倭寇などの海賊行為を取り締まった。

生類憐みの令

病気の生類を捨てることを禁じ、食料のために魚、鳥、亀、貝を売ることを禁止。

大日本帝国憲法

かつて北海道開拓使の長官であった黒田清隆が首相の時に、大日本帝国憲法の発布、および衆議院議員選挙法の公布が行われた。法律の制定には帝国議会の協賛が必要とされた。信教の自由は制限付きで認められていた。陸海空の統帥権は、天皇大権の一つとされた。

普通選挙法

1925年に制定された25歳以上の男子に選挙権を与える法律。

治安維持法

共産主義の活動などを取り締まる法律。

教育基本法

圧制的諸制度の廃止の具体例としては、治安維持法が廃止されたことが挙げられる。自由主義的改革がおこなわれ、教育基本法が定められた。教育理念が明記され、新しい科目である社会科が設けられた。

独占禁止法

独占による弊害をなくし、自由競争を促すための法律。公正取引委員会が運用にあたる。

労働組合法

労働組合結成の奨励がおこなわれた。敗戦後の日本では労働組合法が制定され、労働者の団結権・団体交渉権が保障された。

国連平和維持活動(PKO)協力法

1992年に、国連平和維持活動(PKO)協力法が成立します。PKOへの自衛隊の海外派遣と、その小型武器の所有が認められ、カンボジア、モザンビーク、東ティモールなどに自衛隊を派遣してきました。

喧嘩両成敗法

中世および近世の日本の法原則の1つで、紛争当事者が私闘によってその解決をはかることを禁じたものである。

人掃令

1591年に、武士の百姓・町人化、農民の移転・転業を禁じる法律。検地、刀狩令、この人掃令により、兵農分離が完成。

バテレン追放令

「日本は神国である」としてバテレン追放(宣教師)令を出し、宣教師の国外追放を命じ、長崎の教会員定収した。京都・長崎などの商人の、東アジア諸国への渡航を認めた。倭寇などの海賊行為を取り締まった。

学制

学制の公布に対しては、各地で学制反対の農民一揆がおこった。学制発布当時の小学校は、授業料を払う必要があった。小学校の就学率は、男子の方が女子より高かった。学制の対象は、士族の子弟のみではなかった。

糸割符制度

1604年、ポルトガル商人らの生糸貿易での利益独占を排除するため、幕府が定めた特定商人に一括購入される制度。生糸輸入の特権を与えられた承認の組合は、糸割符仲間という。

定免法

幕府は18世紀前半、薬用として朝鮮人参や、凶荒用食物として甘藷(さつまいも)などの栽培を奨励した。幕府は享保の改革で、定免法を採用し、年貢量は増加した。

定発法は一定の年貢率で本年貢を課すものであるが、それは永続的なものではなく一定の年限を設けるのが普通であった。町人請負新田などの新田開発が奨励された。

公事方御定書

徳川吉宗により町奉行に登用された大岡忠相は、市政改革を行うとともに、裁判の基準となる法典の制定(公事方御定書)などにあたった。

足高の制

徳川吉宗は、旗本に対して、役職の標準石高を定め、それ以下の者が就任するとき、在職中の不足分を支給する制度をはじめ、人材の登用と支出の抑制を図った。

永仁の徳政令

永仁の徳政令が出されたのは、幕府が得宗専制政治を行っていた13世紀で、それにより売却された御家人領を無償で買い戻させた。 徳政令が出された時期には荘園領主の支配に反抗する悪党が活動し、幕府はその鎮圧に苦慮するようになった。

荘園整理令

荘園を整理して班田の励行を図る。書類に不備がある荘園や、正式な手続をふまずに設立された荘園を没収して公領とした。

警察法

警察法が制定され、自治体警察が置かれた。枢密院・貴族院は廃止された。GHQによって社会主義者などの政治犯は釈放され、特別高等警察も廃止された。

学校教育法

戦後の改革では、学校教育法が制定された。第二次世界大戦後、教育の民主化を進めるため、都道府県・市町村に公選の教育委員会が設置された。米軍による占領下では、各地方自治体ごとに教育委員会が設置され、また6・3制により義務教育が9年に延長された。国民学校が小学校へと改められた。

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