【日本史】弥生時代

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【日本史】弥生時代について記述しています。

弥生時代

幻元前4世紀初め頃、西日本に水稲農耕を基礎とする弥生文化が成立し日本にも広まった。紀元前4世紀から紀元後3世紀の時期を弥生時代と呼んでいる。

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稲作

佐賀県菜畑遺跡、福岡県板付け遺跡など、西日本各地で縄文時代晩期の水田跡が発見され、水稲農耕が始まっていたことが明らかにされている。弥生文化は水稲農耕を基礎とし、高温で焼かれた薄手の弥生土器、銅と錫の合金でつくられた青銅器、木材を伐採し加工するための石斧類、穂摘み用具の石包丁にとってかわって鉄鎌などの鉄器、機織り技術などをともなう新文化である。

収穫物は高床倉庫や貯蔵穴におさめられた。木製農具の製作にはしだいに鉄製工具が使用されるようになった。農具の普及とともに、水田は低湿地につくられたのでなく、灌漑施設を整えた乾田の開発も進められた。

集落

弥生中期以降、佐賀県の吉野ヶ里遺跡に代表されるような深い濠や土塁をめぐらした環濠集落や戦争に備えて山頂や丘陵上に形成された高地性集落が出現した。

埋葬形態では,土魔墓や木棺墓にそれまでの屈葬とは違う伸展葬のものが多くみられるようになり、方形の低い墳丘のまわりに溝をめぐらした方形周溝墓も出現した。豊かな実りを祈願するために、近畿地方に分布している釣鐘型の銅鐸に代表される。青銅製祭器が用いられた。弥生文化は北海道や南西諸島にはおよばず、北海道では続縄文文化、南西諸島では貝塚文化と呼ばれる食料採取文化が続いた。

あわせて確認

以上が、【日本史】弥生時代となります。

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