今回は、「異文化理解」についてです。
【問題】日本は異文化をどのように取り入れ、発展させてきたか、あなたの考えを述べよ。(600字)
異文化理解についての小論文ある人の解答例
日本人は、異なる文化を積極的に取り入れ高い水準まで発展させている。なぜならば日本人の性格が関係していると考えられる。日本人は、一つのことを丁寧にこなし、職人のようなこだわりを、持っているのだ。カレーとデニムの例から考察する。
もともとインドやイギリスで食べられていたカレーは、明治時代に日本に入ってきた。イギリスのカレーは、カレー粉を用いて作られていたり、インドのカレーは、液体状になっていたりと、各国によって見た目や味は多種多様であった。その中で日本は、日本人の好みに合わせて、とろみのあるカレーを開発したのだ。このように、日本人は職人としての気質を持ち、人によって異なる食の好みに合わせ発展しているのだ。
一方で、デニムの例では、日本人は、古くから着物で生活をしている文化があったが、アメリカの文化が日本に入ってくることによって現在では、デニムを履く人は増加してきている。そこで、日本の文化である着物を着る人が減少してしまうことを懸念し、日本の着物を作る会社は、身近に着物に慣れ親しんでもらうために、デニム素材を使用した着物を販売している会社も出てきている。
このように、日本では異文化を積極的に取り入れつつ、人々の嗜好に合った形で食や文化を発展させてきているのだ。
異文化理解についての小論文の添削・アドバイス
1. 導入部を明確化する
冒頭の主張(日本人が異文化を積極的に取り入れ、高い水準に発展させている)をより具体的に表現すると、読者にとって分かりやすくなります。また、「なぜならば日本人の性格が関係していると考えられる」という部分を補強する具体例や背景を示すと説得力が増します。
例:「日本人は、他国から取り入れた文化や技術を独自に改良し、高い水準に発展させてきた歴史がある。この背景には、日本人特有の丁寧さや職人気質が大きく関係していると考えられる。以下、カレーとデニムの例を通じて、この特徴を考察しする。」
2. 段落ごとに主張を整理
各段落の内容が整理されているものの、つなぎの言葉が不足しているため、主張と具体例の関連性がやや曖昧に感じられます。以下のように論理のつながりを明確にすると、より読みやすくなります。
カレーの例について 「まず、カレーを例に、日本人の文化受容力を見てみる。カレーは、インドやイギリスから明治時代に日本へ伝わり、当時の日本人の味覚や生活スタイルに合わせて独自に改良された。例えば、イギリスではカレー粉を使ったものや、インドでは液状のものが一般的だったが、日本ではとろみのあるカレーが開発された。このように、日本人は単に異文化を受け入れるだけでなく、職人気質を活かして、より多くの人々に親しまれる形へと発展させてきた。」
デニムの例について 「次に、デニムの例を挙げ、日本人の独自のアプローチを考える。もともと日本では、着物が主流の服装でしたが、アメリカのデニム文化が浸透すると、多くの日本人がデニムを日常に取り入れるようになった。しかし、着物文化が衰退することを懸念し、一部の企業はデニム素材を用いた着物を開発し、日本独自の伝統文化を現代的な形で残そうと試みている。このような取り組みからも、日本人が異文化を取り入れる一方で、自国文化を守りながら進化させている姿勢が見て取れる。」
3.結論を強化する
結論で改めて主張をまとめ、今後の展望などに言及することで、文章全体の締まりが良くなります。
例:「以上のように、日本人は異文化を積極的に取り入れるだけでなく、独自の視点や技術で改良を加えることで、食や文化を発展させてきた。これは、職人気質や多様性への柔軟な姿勢が関係しているといえるだろう。今後も、日本が異文化との融合を続けつつ、自国の文化を大切に守りながら発展していくことを期待する。」
異文化理解についての小論文の全体修正案
日本人は、他国から取り入れた文化や技術を独自に改良し、高い水準に発展させてきた歴史を持つ。これには、日本人特有の丁寧さや職人気質が深く関係していると考えられる。本稿では、カレーとデニムの例を通じて、日本人が異文化をどのように受容し発展させてきたかを考察する。
まず、カレーを例に挙げる。カレーは、インドやイギリスから明治時代に日本へ伝わった。当時、イギリスのカレーはカレー粉を使ったものが主流であり、インドのカレーは液体状で香辛料が効いたものであった。一方で、日本ではこれらの文化を基に、日本人の味覚や生活スタイルに合わせたとろみのあるカレーを開発した。このように、日本人は単に異文化を受け入れるだけでなく、職人気質を活かし、より多くの人々に親しまれる形へと進化させてきたのである。
次に、デニムを例に考える。もともと日本では、着物が主流の服装であったが、アメリカのデニム文化が日本に浸透すると、日常的にデニムを着用する人が増加した。しかし、着物文化が衰退することを懸念する企業も現れた。こうした企業の中には、デニム素材を使用した着物を開発し、現代のファッションとして着物を取り入れる試みを行う例も見られる。このような取り組みは、日本人が異文化を積極的に受容する一方で、自国の伝統文化を守りつつ新たな形で発展させる姿勢を示している。
以上のように、日本人は異文化を受け入れると同時に、独自の改良を加え、その文化を高めてきた。この背景には、丁寧さや職人気質があり、人々の多様な嗜好に応える柔軟性が備わっているといえる。今後も日本が異文化との融合を進めると同時に、自国文化を大切にしながら発展していくことを期待したい。
【一般論】異文化の地理的条件と政治的条件
今回の場合の一般的な例として、「地理的条件」と「政治的条件」の背景(視点)が大事になってきます。
【地理的条件】島国であり、かつ江戸時代には鎖国もしていたこともあって、外国(海外)の文化を取り入れる機会がなく、日本は独自の文化を発展させていった。(歌舞伎や能、絵画、和服など)
【政治的条件】それが、ペリー来航をきっかけに、開国することで、否が応でも、外国の文化が入ってきた。欧米(インドも含む。その当時、イギリスの植民地)諸国は、自分たちの物を日本に輸入することで儲けた(経済を発展させ、その利益で軍事力を強化。世界大戦などへつながっていく。)。日本は、自国より進んだ技術や文化にびっくりする。このままでは、外国に飲み込まれてしまう(植民地になる)ということで、国をあげて、軍事、文化が急速に発展させていった。
→以上のような背景を簡潔に述べて、文化を発展させることが、日本が生き残る手段だったとして、その中で、職人も育ち、改良・改善を重ね、日本人の嗜好に合った形で食や文化を発展させることにつながったのだというようなことが記述できると説得力は増しますね。
余談ですが、これが経済の発展にもこのことは言えて、資源に乏しい日本は、加工貿易で発展しましたね。
「日本は資源がとぼしく、原油などの燃料資源や工業原料などの大部分を海外から輸入して、それを加工・製品化して輸出する加工貿易を得意として経済成長」→これまであった物(文化・経済・政治など)に手を加えて、改良・進化させることが得意なのが日本と言われていた。身近にあるものの例でいえば、家電製品や自動車がその最たる例。どんどん改良・進化させてきました。
高度経済成長期には、ジャパン・アズ・ナンバーワンと呼ばれるほどに、日本製品は、世界最高の安全・安心の品質の証となりました。バブル崩壊後の失われた30年(平成元年以降)、日本は衰退の一途をたどっていますが…。
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